外は、冒険者たちでごった返していた。 「血だよ血! とにかく最優先で血を抜け!」 「優先順位はベヒーモスだろ!? こいつの血は?」 「魔力の濃度が高すぎてわからん! どこまでが使えんの!?」 「皮! それと角! 骨!」 「腐るものから急げ! 早く!」 「冷凍って言ったって数が多すぎんでしょ!?」 「肉はとりあえず焼いとけ! 食うもん無いんだから!」 怒号が飛び交うも、彼らの表情は希望に満ちあふれている。 本来ならば、到底太刀打ちできるようなレベルでは無い強力な魔獣。 その素材が、文字通り山となってその辺に転がっているのだ。 見れば、商人らしき人も数人いる。 僕たちは、あの戦いを生き延びたんだ。 そして、勝ったんだ。 ようやく勝利の実感が沸いてきた。 そうだとも、僕はもっと喜んで良い。 やったぞ、と叫んだって良いはずなんだ。 ……でもちょっと寝不足で日差しが眩しいかな? 目がしぱしぱする。 いや、甘えは禁物だ。 考えてみれば、今働いている冒険者たちは一時間すら休んでいないのだ。 むしろここは、一時間も休ませていただいてありがとうございますと感謝すべきなのだ。 そうに違いない。 ……冒険者って過酷だな。 ふと、商人らと何かを話し合っていた[冒険者ギルド]の受付嬢と目があった。 「リゼルさんっ!」 と、受付嬢はぱあっと笑みを浮かべ僕のもとに駆け寄る。 「やりました! リゼルさんっ! 私たち、生き延びましたね!」 ぎゅっと手を握られた柔らかさで、僕はまたルグリアを思い出してしまった。 僕は本当にどうなってしまったんだ。 頭の中が色恋でいっぱいになってしまっている。 これは良くない。 本当に良くない。 僕は付呪のマスターになりたいのであって、恋愛マスターを目指してはいない。 「もう駄目かと思っていました。こんな僻地で、死んじゃうんだって。でも、リゼルさんのおかげで私も、皆も助かったんです!」 この人の唇も柔らかいのだろうか。 ……馬鹿か僕は。 一体どうすれば良い。 何をすればこのおかしな思想から開放されるのだ。 エメリアが、僕と受付嬢の間にぐいっと割って入る。 「リゼル・ブラウン先生には付呪師としてやるべきことがあります」 なんか声怖くない? 圧強くない……? どうしたのエメリア師。 あ、気を使ってくれてるの? どうもありがとう。 「そうでした! 失礼しました! ではリゼルさん、また後で!」 と、受付嬢は太陽のような笑顔を僕に向けてから、商人たちとの商談に戻っていく。 この人ひょっとして僕のこと好きなのでは? ……この人の、唇も柔ら――。 やめよう。 何をやっているんだ僕は。 僕はエメリアに連れられて街の端、防壁の前へとやってきた。 そういえば、やるべきことがあるって言ってたな……。 ああ、昨日の、というか今朝までの戦いの補修作業かな? 付呪師らしい仕事だ。 ちょっとワクワクしてきた。 こういうので良いのだ、こういうので。 まずはコツコツと、地道に功績を上げて評価を得よう。 というか既にこの街からの評価的なものはほぼ最大なのでは? ならば、もう少しこの地に留まっても良い。 冒険者ならば、優秀な武具は必要だろう。 僕としても、継続して武具を買ってくれる顧客は欲しい。 やることが、山積みだ。 だけど、どれもこれもが新鮮で、喜ばしいことだ。 僕を、評価してくれる人がいる。 褒めてくれる人がいる。 頼ってくれる人が、いてくれる。 こんなに嬉しいことは無い。 さあ、やるぞ。 僕はまず、この最前線の街〈サウスラン〉で地固をして、次に繋げるんだ。 僕は壁の付呪の修繕作業に入る。 今日は、エメリアが後ろで僕の付呪の癖や進め方を、師として見てくれる。 本当に、僕は付呪師としての道を歩みだしたんだ――。 今の僕は、ちょっと恥ずかしい恋文だってそのまま続きを書いてしまえるのだ。 そうして少しずつ功績を重ね、ゆくゆくは一人前の付呪師となる。 良い計画だ。 安定と栄光を両立した素晴らしい案だ。 やる気、出てきたぞ。 と、僕はどんどん付呪の継ぎ足しをしていく。 もう慣れたものだ。 流れ作業で事が進む。 簡単な仕事だ。 筆は踊るし心は晴れやかだし僕は今希望に満ち溢れている。 あっという間に防壁の付呪が終わり、僕は一息をついた。 さあ次の仕事は! 「あ、そういえば」 と、エメリアがなめらかに言った。 どんな仕事でもどんと来いだ。 「[冒険者ギルド]はこの街の放棄を決定したそうです」 「はいっ!――えっ!?」 「ちなみに出発は明日」 「は!? えぇっ!?」 ど、どうしよう。 本当にどうしよう。 「あ、あの、理由を聞いても?」 「今回の大規模な襲撃で、採算に合わないと判断されたようです」 参った。 道が見えなくなってしまった。 僕はこれからどうすれば――。 「ですので、私たちは〈魔法都市ガラリア〉に戻ることになります」 〈魔法都市ガラリア〉は古い街だ。 千年以上続く、伝統的な湾岸都市だったはずだ。 そして、世界最高位である[ロード]の肩書を持つ付呪師がいる街だ。 名はガラリア。 街と同じ名前を持つ伝説的な付呪師だ。 そういえば、その付呪師は一年前に[魔法学校]に来たことがある。 僕も本当は授業を受けたかったのだが、人気すぎて普通に弾かれてしまったのだ。 その街に行けば会えるだろうか。 会えたらいいな。 「街に行けば私の付呪の先生もいますので、リゼルさんとは話が合うかもしれませんね」 「エメリアさんの先生ですか。なんて人なんです?」 エメリアの師なのだからさぞ立派な師なのだろう。 もちろん僕はホイホイ師を乗り換えるような男では無い。 エメリアという優しくて綺麗な師兼弟子で十分すぎる。 ……あと、エメリアはルグリアの妹だ。 いやいや、これは決してルグリアから離れたくないとかそういうものでは無い。 ご、合理的な判断だ。 そのはずだ。 「ガラリアという方です」 「へえー、ガ――えっ!?」 僕は思わず固まった。 「優しい方ですよ。リゼルさんみたいに」 「あ、はい……どうも……」 ガラリアに、会えるかもしれない。 期待がふつふつと膨らんでいく。 ふと、エメリアがどこか寂しそうな顔になる。 し、しまった。 師をホイホイ変える男だと思われてしまう。、 いや確かに、ちょっと揺らいだけども。 でもそれは駄目だ。 人として許されない。 「も、もちろん僕はエメリアさんが一番だと思っていますよ」 「えっ――」 そもそも、会ったことすら無い人をどう評価しろと言うのだ。 ならば、会ったことも無い最高位付呪師よりも、優しいエメリアの方が上に来るのは当然のことだろう。 「例えそのガラリアさんと僕の話があったとしても、僕の師はエメリアさんだけですので安心してください」 よし、どうだ。 挽回できただろうか。 エメリアは、酷く嬉しそうな顔になって、 「――うん」 と頷いた。 エメリアの手が、僕の手に重なる。 「私たちで学んでいきましょう。――二人で、一緒に」 そ、想像以上に挽回してしまった。 考えてみればそりゃそうだ。 最高位のロード級の付呪師ガラリアよりも、貴女と言われたのだ。 誰だって喜ぶ。 僕だって喜ぶ。 と、ともあれ、壁の付呪修繕は終わった。 皆のところへ戻ろう。
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