Wheel Of Fortune
2話 地の力継ぎし者

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 闇に包まれていた世界が少しづつ色を取り戻していく。薄桃色と薄紫の絵の具に彩られた東の空は、刻々とその色彩を変えていく。  眠っていた鳥たちが目を覚まし、優しい朝の歌を歌う。やがて東の空は白い絵の具で塗りつぶされ、世界は白の洪水に呑み込まれる。  地平線に生まれたての大陽が少しだけ顔を出している。 「綺麗だな……」  彼にとっては異世界タイムノイズで迎える初めての夜明け。夜露に濡れた木々は宝石のようにきらきらと輝き、心なしか森の緑はその深さを増したように見える。 「ユキさん、もう起きてますか?」 「あ、はい」  控えめなノックの音に気付くと、彼は扉を開けた。 「おはようございます。よく眠れましたか?」  ミレイはそう言うと優しく微笑む。 「よく眠れたって言いたいところなんですけど……まあまあですね」 「いえ、気になさらないで下さい。いきなり異世界に飛ばされてきたんです。戸惑うのは当たり前ですし、この世界に体が慣れるのに時間も必要でしょう」  ミレイは優しくそう言うと、ユキの隣へ歩を進め、同じように窓辺に立った。 「美しいでしょう?この世界は」  ミレイの言葉に彼は小さく頷く。 「どんな宝石にも替えられない……宝物です」 「ミレイさんはこの世界が本当に好きなんですね」 「ええ。だからこそ私は、私自身が『守人』であるということに誇りと責任を感じています」  そう真剣な顔で呟くミレイは昇りたての大陽に照らされて気高く、美しい存在であるように思えた。 「えっと『守人』っていうのは……」 「ああ、そのお話をしようと思って呼びに来たんです。でも、その前に――」  ぐーっ……きゅるるるる…… 「あ……」 「朝ご飯にしましょう。手伝ってもらえますか?」  ミレイはユキの腹の音を聞いて微苦笑する。 「あ、はい。……何かすみません」 「いいんです。お腹が空くのは健康な証拠ですよ」  ミレイとユキは台所へと降りていった。  ―― 「ふう、美味しかったです。ごちそうさま」  テーブルの上には空になった器がふたり分置かれている。 「それにしてもびっくりしました。ユキさんすごく手際がいいので……」  作った料理はミーレン・ナッツというフライパンにミーレン油(タイムノイズの一般的な植物油。ミーレンという植物の種から取る。)を垂らし シュリア大草原の森で採れるナッツ類とキャルロという野菜を炒めただけの簡単なもので、味付けは塩のみというシンプルなものだが料理というのはシンプルなほど難しい。ミーレン・ナッツの場合はあまりに炒めすぎるとキャルロが焦げ、逆に炒めるのが短ければナッツが香ばしくならない。 「そんな、大袈裟ですよ。確かに料理は向こうでもよくやってたし、お菓子作りも好きですけど……」  照れくさそうに手をぱたぱたさせてユキが言った。 「あ、洗い物も慣れてるんで任せて下さい。一宿一飯の恩というやつです」  彼はそう言うとふたり分の食器を手にして台所へと消えた。  ―― 「本当にありがとう。助かりました。では本題に入りましょう」 「はい」  洗い物を終えたユキとミレイは小さな礼拝堂にいた。ステンドグラス越しに柔らかな朝の日差しが差し込んでいる。 「昨日言った通り、貴方には恐らく何か特別な力があると思うんです。それはこの世界に古い言い伝えが残っているからなんですけどね」 「古い……言い伝え……ですか……」  ミレイは頷くとその言い伝えについて話し始めた。  この世界タイムノイズはかつてユアリーと呼ばれていた。  祝福されて生まれた世界は過去の戦乱によって黒の海で分たれた。  黒の海を隔てた「永遠の夜」と呼ばれる世界と、そしてこんにち、一般的にタイムノイズの名で呼ばれる昼夜が移り変わる世界。  そのせいでこの世界は光と闇が絶えずせめぎあう「狭間の世界」となった。美しくも、歪んだ世界に。  光と闇は100年ごとに移り変わって来たが、10回目……つまりユアリーがタイムノイズと成って1000年後。  異界よりユアリーに縁を持つ者が現れ、光と闇の最終審判が行われる。そして勝った方がとこしえにこの地を支配するだろう―― 「な、なんだか実感わきませんけど……俺がそうだってことなんですか?ユアリーの名に聞き覚えがあるような気は……するんです。上手く言えないけど、知らないはずなのに知っているというか」  ユキは戸惑ったようにそう答えるのが精一杯だった。 「そうですか……では試してみましょう」  ミレイはそう言うと小さな木の箱を取り出してユキの前に置いた。 「これは?」 「まあまあ焦らないで下さい。今、蓋を開けますから」  ミレイはそう言って木箱の蓋を開ける。中には虹色の煌めきを持つ宝石が入っていた。 「これって……オパールですか?」 「ええ。手に取ってみて下さい」  ユキは木箱の中のオパールをそっと手に取る。その瞬間不思議な感覚が体に走った。 (あれ……?何だろう?温かいというか……何かが湧き上がってくるような――) 「え?」  次の瞬間、手の中にあったはずのオパールは消え、代わりに一振りの剣がその手に握られていた。 (い……石が剣に変わった?) 「聖剣を扱えるとは、やはり貴方は操る者――パーリアなのですね」  事態を呑み込めないユキとは対照的に、腑に落ちたような表情でミレイが頷く。 「パーリア?」 「パール・リア。パリア文字という古代文字で『石を操る者』が語源です。この世界では『聖剣の資格者』をさします」 「聖剣の……資格者……パーリア……」 「もっとも、今はまだその剣には何の力もありません。貴方が地の神殿に向かい、そこで試練を越えて資格者としての名を得て、剣と契約してはじめて聖剣は真の力を発揮します。そして貴方の中の本来の力も目覚めるでしょう」  ミレイの言葉を裏付けるかのように、手の中の聖剣は再び形を変えてただのオパールに戻っていた。 「わかりました。……俺は地の神殿へ行きます。そして試練を越えてみせます」  手の中のオパールを握りしめて、ユキははっきりそう告げた。 「貴方ならそう言うような気がしていました。では私も『地の守人』としての使命を果たしましょう。聖剣を授け、そしてパーリアを試練の地に導くという使命を」 「ミレイさんありがとうございます。正直俺がパーリアだって言われても実感湧かないし、自分に何ができるのかもわかりません。だけど、やる前から諦めたくはないんです。それに――この世界でみんなを、仲間を捜す旅をするには『力』が必要な気がするから」  真っ直ぐな強い瞳に見つめられてミレイは一瞬言葉を失った。  先程まではどこか不安げな弱々しい感じがしていたというのに。それともこれは彼なりの虚勢なのだろうか?  このとき、彼女は彼を助けたいと心の底から思った。最後まで歩みを見届けることはできないけれど。せめて傍にいる間だけでも。 「短い間ですがよろしくお願いしますね。ユキさん」  ミレイはそう言って微笑んだ。  ――  地の神殿はシュリア大平原の南に広がる灼熱悠砂のほぼ中央に位置する。  ユキ達がシュリア大平原を出て2日。荒涼とした風景の中に石造りの遺跡の様なものが現れた。ところどころ風化して崩れてはいるが、漂っている荘厳な雰囲気を損なってはいない。遺跡の周りでは風が渦巻き、砂の竜巻となって遺跡を守るようにふたりの前に立ちふさがる。  ミレイいわく、この砂竜巻は一種の封印であり、そしてそれを解けるのは地の守人である自分だけなのだと。 「では封印を解きますね。少し下がっていてください」 < I Epoh Nepo Ow Etag Om Lairt ……Retne!>  ミレイが詠唱を終えると、砂の竜巻は徐々に小さくなり最後には跡形もなく消えた。 「……さあ、行きましょう」 「はい」  ミレイに手招きされ、ユキは地の神殿の内部へと足を踏み入れた。  ――  神殿の中は昼だというのに薄暗く、壁につけられたランプのようなものが淡い光を放っているだけだった。ランプのようなものといったのは、中で輝いているものが炎でも電球でもないからだ。中で輝いているのは淡い光の珠のようなもので、魔法のひとつなのだとミレイは言った。 (本当に俺、異世界にいるんだ……)  ユキはそのランプのようなものを見て、改めて自分が異世界にいるのだということを実感した。  薄暗く湿った長い廊下を抜けると、急に開けた場所に出た。今までとは対照的に天窓からステンドグラス越しに大陽の光が差し込んでいて室内は明るい。壁には大地の精霊を讃える言葉やレリーフが刻まれ、荘厳な雰囲気を漂わせていた。中央には祭壇があり、その前に大きく開けた円形の空間があった。 「ここが……最深部ですか?」  ミレイが小さく頷く。 「そうです。ここがいわゆる試練の間です。そのレリーフの呪文を唱えて下さい」 (何でだろう……読み方がわかる……)

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