Wheel Of Fortune
16話 悪夢の終わり

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――  雷とは、裁きだ。  全てを破壊する神の怒りの体現。  どうしてそんな激しい力があたしに宿ったのか。  前世でもあたしはただの考古学者で。知識だけはあったけれど、湧真も詠人も、そして――  大切な人。夫である孝人すらも守れなかった。  今も昔もあたしは無力で。  理不尽な世界に振り回されるだけだ。  ああ、だから。だからあたしの力は【雷】なんだ。  誰よりも無力で、誰よりも弱いから。  雷は裁き。神の怒り。  そしてそれを操る、あたしの怒り。  深い闇から声がする。 「壊せ」 「断罪しろ」 「今の君にはその力がある」  抗えない闇が心に沁み込んで、埋め尽くしていく。  ああ、スプラは理不尽に両親を奪われて。  あたしも前世で理不尽に仲間を、大切な人を奪われた。 「復讐と、断罪をここに」  ―― 「……上手くいったか。さすがは特殊結界過去鏡だな」  長いポニーテールの黒髪を屋上の強い風になびかせて、その人物はミナミとスプラを眺めた。  華奢な体格。見た目では男か女かははっきりとはわからない。  その足元には付き従うように羽の生えた黒猫がいた。 <セイラ。もうすぐ来るよ> 「……ああ、わかっている、ミナルーシュ」  セイラはそう言うと、短めの忍者刀を構える。 <顔色が悪いよ?セイラも前世を見たの?> 「……ここに来る前から何度も見たよ。とても、とてもやさしい記憶だ」  ――  夢を見る。いつも、いつも同じ夢。 「……はあ……はあっ……はあ……」  逃げなければ。そうしなければ殺されてしまう。否、殺されなくても母の故郷を滅ぼす道具にされる。 「……そんなの、嫌だ」  だから、私は逃げ続ける。追手によって負った傷が痛み、森の木でひっかけたりして、服ももう千切れてしまいそうな状況だけど。 「……私のこの力は、傷つけるための力なんかじゃない……」  だから、逃げ延びて、生きなければいけない。だけど、もう体は悲鳴をあげている。  深い森の奥で石に躓いて、力なくそのまま倒れ込んだ。  力を失った体に冷たい雨が降り注ぐ。  傷口に雨水がしみるけれど、もう呻く力すらもない。  私は静かに瞳を閉じる。追手の声は聞こえない。ここまではもう追ってこないだろう。  それでいい。人知れず私も、私の力も土へと還る。利用されずに済む。  私にとっても世界にとっても、それがおそらく最高の結末。  しかし、そのまどろみは優しい声に破られた。 「大丈夫?」  差し出されたその手は真っ直ぐで偽りなく純粋で―― 「……」  痛いくらいに優しかった。 「……誰……精霊……なの?」  問う私に、声の主は何も答えず、代わりに温かい光が全身を包む。光が消えた時、傷は癒えていた。 「もう、これで大丈夫だよ。……俺は……」  夢はいつもそこで終わる。彼の名前を、聞くこともできないまま、唐突に。  ―― 「……いけない。今は彼らの相手をしなければ」  所詮は、夢だ。夢に過ぎないのだ。  セイラは頭を強く振って、刀を構えなおした。  ―― 「見つけた!ミナミ!スプラ!」  駆け寄りそうになるユキをユウが制す。 「気を付けてください。あの目の色、多分……俺が操られてた時と同じだと思います」 「……そうだね。同じだ。でも、ユウわざわざ辛いことを思い出さなくてもいいよ。リカは下がって。このふたりの力は……雷だ!」  ユキはそう言うと聖剣を呼び出して構える。寄り添うようにその傍にユウが立つ。 「俺は、ユキ先輩ほど……甘くはないですよ!」  トン、と地面を蹴ってユウが跳躍。 「……地尖刃!」  地属性スペルを纏った斬撃がミナミを襲うが、スプラが素早い動きで彼女を庇った。 「……やりますね。まずはあのスピードを封じないと……まずいか」  彼は再び飛び上がるとミナミとスプラの間に斬撃を飛ばす。 「……あなた、どこを狙って?」  斬撃で穿たれた地面に変化が起こる。何もないはずの場所から、土でもない場所から生えるはずのない植物の蔓が生え  ふたりの体を絡めとる。 「く……!」 「スピードさえ殺してしまえば、簡単です。ユキ先輩はミナミさんを!」 「わかった!ミナミ、ごめん」  ユウはスプラに峰打ちを叩きこみ、ユキはミナミの首に手刀を落とす。  ふたりはその場に倒れ、どこかで鏡が割れる音が聞こえた気がした。 「……ユウ。ふたりを守って。……そこにもうひとり、いる!」  風を切って放たれたくないを、ユキの呼び出した岩石が盾となって弾いた。 「……ボクの存在に気づいていたか。さすがはシグレ先輩の後輩だけあるかな」  低い声がして長い黒髪をポニーテールにした人物が現れる。見た目だけでは男か女かはわからない。 「シグレ先輩を知ってる、のか……君は?」  警戒は解かずに剣を構えたまま、ユキは問う。 「……知ってるも何も、今のボクは――」  素早く間合いを詰めて繰り出された刃をユキは剣で何とか防ぐ。 「アイリ様の、部下だからね」 「く……」  相手が忍者刀を引いた隙にユキは後ろへ飛んで距離を取る。 (接近戦じゃ勝ち目はない。ユウは今動けないし、ケイもまだだ。やるしか、ない) 「……ボクが物理型とみて距離を取ったのが……運のツキだ……!」 「な!?」  急にユキを取り囲むようにくないが現れ、一斉に放たれる! 「これで終わりだ!幻刃檻!」  無数のくないが彼を直撃した――  ―― 「……あ、あれ?生きてる?」  彼を守るように取り囲むのは蔓の檻。くないは全て蔓に絡めとられている。 「……君は【緑】の力は使えないはずだ。そもそも【緑】の使い手はイヴの手に……」  一瞬、何かが素早く視界を横切った。すぐに檻が解け、植物は何事もなかったように消えた。 「……つかまえた」 「…く」  同時に相手の地面がどろりと液状化する。ユキの地属性シレナのひとつで、一時的に地面を液状化させて相手を捕らえるスペルだ。  ユキはゆっくりと相手に近づき、そして―― 「ねえ、君の名前を教えて?」  手を差し出して、そう言った。 「は?な、何を言っているの君は?ボクは君を殺そうとした相手だ。動けないうちに仕留めるべきだろう」  戸惑う相手に、 「俺は基本的にあんまり誰かと戦いたくはないんだ。それに――」  ぐらり、とポニーテールが傾く。 「危ない!」 <セイラ!>  ユキは言葉を途中で切って、迷わずセイラの腕を掴む。 「セイラ、それが君の名前なんだね。……掴まって!引き上げるから……っ」  聖剣を地面に突き刺し支えにして、ユキは少しずつセイラの体を引き上げていく。 「……」 (なんだ、この、感じ)  差し出された腕を掴みながら、セイラは奇妙な感覚を覚えていた。 (これじゃ、まるで、あの夢と同じ――) 「……ふう。もう、これで大丈夫だよ。ケガはない?」 「あ、ああ……」 「もう、これで大丈夫だよ」  夢で聞いたセリフ。夢と同じ優しい手。 (ああ……)  記憶のピースが、埋まった気がした。 (そうだ……あの時の優しい手の主と……同じ髪と瞳の色……) 「……そうか、君だったんだな。……ここは退こう。そして、前世も今も助けてくれてありがとう。……ええと」 「ユキ。ユキだよ」 「ユキ、か。ボクはセイラ。では、また」  セイラはそう言うと煙を残して屋上から姿を消した。  重くたれこめていた雲は晴れ、その隙間から柔らかな夕暮れの光が差し込んでいた――  ――  スプラを里に送り届け、ユキ達は小さな町の宿で休息を取っていた。  過去鏡の一件でみなへとへとですぐに寝てしまったが、ひとりだけ眠れずに夜風に吹かれていた人物がいた。 「……何故、僕だけが別人の記憶をみたんだろうな。ユキ達は一部の過去鏡世界を共有したらしいが元の鏡の枚数は3枚だ。けど、僕の過去鏡には僕はいなかった。僕が見たのは……」  カイは低い声でつぶやく。 「おそらくあれは、コトの前世だ。そしてあれが事実なら間違いなく……」  冷たい夜風が髪を揺らす。水色の瞳がゆらりと揺れた。 「……僕は、彼と戦うことになる」

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