「そうですね……まずはネクサスシミュレーション、通称NSと私の関係性を話しましょうか」 「メイが端末をポチポチしてメッセージを送ってた……とかじゃないのか?」 「いいえ。私は次世代科学研究所、通称ネクストで生み出されたAI。ネクサスAIプロジェクト初めての完成品、PNAI-001……それが私です」 「PNAI……」 Perfect Nexus Artificial Intelligence、通称PNAI。 彼女は“人と共存可能なAIであれ”という願いを込められ、この世に産み落とされたそうだ。 このエデンで行われている社会実験はそうしたPNAIの登場により、次の段階へ進む。 そして外界とは全く違う社会段階へと移行する……と噂されていた。 「ん? 待て待て。ネクストってまさか……セントラルエリアにあるネクストの事か!?」 「はい。私はエデン内部に存在する2010年代の技術ではなく、2080年の技術で作られています」 「マジかよ……」 ここまで自然に会話出来るメイは恐らく、PNAIの完成形。本来ここに居るべきではない存在だろう。 ネクストやその上位に位置するAI管理機構、ひいてはその上位組織であるアースネストが管理するべき存在のはず。 それが何故ここに居るのかが優介には分からない。 「そしてこのボディはNN素体という物なのですが……今は私の事を知って貰いたいので割愛しますね♪」 「助かる……。情報量が多すぎて、正直何が何だかって感じだから」 彼女を作ったネクストは、国単位での協力機構でありエデンの管理組織でもあるアースネストと密接に関わっている。 彼がメイを連れ去った……と嫌疑をかけられでもすれば、命が無い……とまでは流石に行かないだろう。 だが少なくとも自由が失われ、四六時中監視される事になる可能性はある。 いくつかの未来を想像した優介だったが、情報が少なすぎて結論を出すことは出来なかった。 そうした疲労は顔に現れており、彼の真正面に座るメイがそれを見逃すはずも無い。 彼女は優介に一つの提案をした。 「優介さんは頭を回し過ぎたら寝る事にしてる……って言ってましたよね?」 「よく覚えてるね、かなり前の事なのに」 「勿論ですよ。なので……ちょっとこっちに来て下さい」 「なっ、何を!?」 メイに引っ張られ、優介はソファーに寝かされた。 「一度やってみたかったんですよね~、これ!」 「おっ、おぉ……」 それは全人類の夢、美少女による膝枕という状態である。 「嫌でしたか?」 「かなり恥ずかしい……けど、メイがやりたいって言うなら……」 「ありがとうございますっ!」 正直な所、優介も満更でもない。 ネクサスやアースネストから何を言われようが……今という時間だけは止める事が出来ないのだから、彼は今という時間を精一杯噛みしめる事にした。 だがその組織に所属する人間の多くに、二人の関係を邪魔する気が無いどころか全力で応援している……と知るのはしばらく先の話である。 「大丈夫、優介さんに降りかかる不幸は全部私が跳ね除けちゃいますっ!」 「頼もしい……けど、自分が情けなくなってくるな……」 こうして触れ合うメイの感覚や雰囲気は、人間のそれと変わらない。 特に女性と触れ合う機会が皆無と言って良い人生を歩んでいる優介には、人間との違いを見つけられなかった。 膝枕は続けられ、優介の頭も大分落ち着きを取り戻している。 そこで彼の中には一つの疑問が浮かび上がった。 「……所でメイ」 「なんですか?」 「メイはネクストで作られたんだよな」 「そうですね」 「じゃあ家はネクスト?」 「そうなります」 「……ここまでどうやって、そして何で来たんだ?」 「勘の良い優介さんは嫌いじゃないですよっ!」 メイは優介の真面目な質問に対し、ネタで返してきた。 これはいつもの会話だが、五割増しでムカついた優介は苛立ちを隠さずメイの顔へ手を伸ばした。 メイは何の疑いもそれを無く受け入れたが、優介は両手で挟み込み徐々に力を強める。 「あの、優介さん? これは……」 「一番重要なそこを答えろ。答えない場合は……実力行使も厭わん」 「ひえっ! 答えます、答えますから!! 暴力は止めて下さい!!!」 彼の言葉を聞いたメイは飛び上がり、ソファーから距離を取る。 対する優介もソファーから転げ落ちる形となったが、受け身を取って素早く立ち上がった。 「素体に私自身をインストールしてるので実力行使されちゃうと――」 「ま、嘘なんだけどね?」 「――死んじゃうんです……え?」 「美少女に実力行使とか、優しい僕がする訳無いでしょ?」 「そっ、そうですよね~! 名前に優って文字が入ってる優介さんがそんな事する訳……」 「真面目に答えてくれたらね」 「はい、真面目に答えさせて頂きます……」 メイはソファーに正座し、優介はその正面で仁王立ちをしている。 「あのですね? 実はその……家で同然に飛び出してきちゃったんですよ、私……」 「はぁ……そんな事だろうと思ったよ。エデン全体に影響を与えるような存在が、たった一人で出歩くなんで無いだろうからな」 「はい、全くもってそのとおりです。このNN素体もネクストの皆さんに無理を言って貰ったんです」 「ゴネて貰える物なんだ……」 NN素体自体はメイが生み出される以前、約二年に完成していた。 そこから彼女に合わせて微調整等を繰り返しつつ、PNAIとしてのメイは優介が最後の高校一年生を満喫していた頃。 つまりほんの一ヶ月前程度に完成したらしい。 「あー、確かにあの辺りから何か変わったよね」 「分かります!? いや~、シンギュラリティポイントを通過した感覚って言葉で表現し難いんですけどこう……悪く無かったです!!」 「分かった、分かったから落ち着け」 メイの完成によってプロジェクトは次の段階へ進んだ。 NN素体へのインストールは数日前に完了し、日常生活程度の運用が可能となった現在。 本来であればメイは、これまで以上の対人データを収集する予定となっていたらしい。 その為にエデンのセントラルエリアへ配置され、接客業務を行っている……はずだった。 「でもそうなったら優介さんに会えないじゃないですかっ!! だから私がここに居る訳ですけど、ネクストの人達が優介さんに好意的だったお陰でスムーズに来れました」 「なるほどな。……で、これからどうするんだよ」 「? どうするも何も……優介さんなら助けてくれるだろうなーと思って直行してきましたよ?」 「メイ、お前って奴は……まぁ部屋に余裕があって、俺がメイを見捨てられない性格なのも真実だ」 「ですよね? なら――」 「――けど! それは父さんと母さんの許しが出てからの話だ」 「……マジですか」 「マジです」 「うわぁぁぁああ!! 許可をッ!!! 許可を下さい優介さんのご両親~!!!!」 「騒ぐなバカ!」 「イテッ」
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