非実在性彼女が実在する可能性
第8話 メイの望みに答える人

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 食器類を購入した優介とメイは、日の落ちない内にウェストエリアからイーストエリアへ。  そしてマンションへと戻った。  二人は購入した食器の片付けは翌日に回し、出かける前に準備していた夕食を取る。  洗い物までを終えた優介がのんびりしていると、メイは控えめに近づいた。 「あの、優介さん……」 「ん? どうした?」 「わっ、私も学校に行きたいです! 行きたいんですけど、どうしたら良いのでしょう……」 「あぁ~……」  メイとは頻繁に学校の話をしていた。  勿論良い話ばかりでは無かったが、それでも彼女が優介と共に通う学校への憧れを持つには十分だ。  メイはキラキラとした純粋な目で優介を見つめる。 「入学手続きよりは、戸籍をどうするかが重要だろうね。偽造する訳にはいかないし、そもそもメイという戸籍は“存在しない”んだし」 「そう、ですよね……」  メイはあくまでもAI。  人と同様の知能を持っているとしても、現段階のエデン……世界では公式書類上で人間だと認められないのだ。 「「ん~…………」」  優介とメイは、揃って腕を組み考え込む。  二人がしばらくそうしていると、優介のスマホに一本の電話がかかった。 「あ、ちょっとごめん……もしもし?」 『おう優介、朝ぶりだな』 「うん。父さんの方から電話してくるって珍しいけど、メイの事で何かあったの……?」  優介の予想と言葉に不安を覚えるメイだったが、それはすぐに解消される。 『メイちゃんの事で正解……だが、別に悪い話じゃないと思うぜ。彼女にも聞いて貰った方が良いと思うから、通話をスピーカーにしてくれ』 「……分かった」  優介はスマホを机に置き、メイと共に身構えた。 『んっん~、では改めまして。……私達夫婦は一つの決断をしました』 「「決断……?」」 『そう、決断! それは……』  優介は早く言って欲しいと思っているが、遅くも言って欲しいとも思っている。  良くない事の可能性も否定出来ていないからだ。  一方のメイには予想が出来ず、ただただ祈るしか無い。  電話越しに語りかける優介の父はその様子を楽しんでいるようだ。 『メイちゃんを学校に通わせる事ですッ!!』 「ふぇ!?」 「……マジか!」 『ハッハッハッハッ! びっくりしただろ~?』  メイは奇妙な声を上げ、優介は思わずソファーから立ち上がった。  それは直前まで悩んでいた事であり、ドンピシャのタイミングだったからだ。 「僕達も丁度その話をしてたけど、戸籍と転校手続きがどうにもならないんじゃない……?」 『う~む……その様子では、まだ優介の所に送った書類を見ていないようだな。下校時間を狙ったんだが』 「あぁ、今日は帰ってすぐ出かけたから。まだポストに入ってるのかも……ちょっと見てくる」 「あ、行ってらっしゃいです」  優介はメイを残して一階のポストへ向かった。 「……うわぁ」  そこには朝確認した時には無かった、大量の郵便物が投函されている。  これが恐らく例の書類なのだろう。  何もなかったら詐欺か嫌がらせだと思う量だが、優介は全て回収して部屋へ戻った。 「おかえりなさいですっ!」 「ふぅ~……ただいま」 『お、戻ってきたか』 「うん。ちゃんと届いてたよ」 『よし、なら一応確認しよう。手元にある書類を一つずつ読み上げてくれ』  優介は書類の束を一つ一つ読み上げる。  表紙に書いてある文字を読み上げるだけだったが、それだけでも十分近く経過していた。 『――よし、全部あるな』 「なら良かった。けど父さん、これ全部元の記録が無いと使えないんじゃない?」 『大丈夫だ。書けそうな所だけ書いて、無理な所は空白で役所に提出するんだ』 「いやいやいや……偽造書類なんて持っていったら捕まるんじゃない?」 『問題無い。PNAIの成長には学校での集団生活経験が必要という建前で、ネクストの研究者達と共謀……じゃなくて協力したのだよ』  ネクストとはPNAIメイを作り上げた研究所、次世代科学研究所の略称である。  この組織はエデン全てのAIを管理するAI管理機構、ひいてはエデンを運営するアースネストへ干渉する権限を持っていた。 「つまり俺達がやろうとしてる事は、世界規模での個人情報偽造か……」 『そういう事』  もはや“偽造”では無く、“創造”のレベルである。  勿論それは法律に触れる事であり、許されない事だ。  だがプロジェクトネクサスが最重要計画である都合上、メイの必要な物は何であろうと手に入るだろう。  今回のように、多少の手間を伴って……という枕詞は付くが。 「何から何まで、本当にありがとうございます……」 『良いの良いの。偽造データはコッチで作ったのを優介のスマホに転送しておいたから、後は二人で頑張ってね!』 「分かった」  優介側の夜は、両親側の最も忙しい時間帯に当たる。  “ある程度はコッチでもサポートするから!”と言い残し、通話は終了した。  スマホを机に置いた優介は、父が言っていた偽造データに目を落とす。  だがその量は膨大な物であり、彼は思わず顔をしかめる。  届けられた書類の領はちょっとした図鑑レベルの厚さを生み出しており、それを一枚一枚手書きしなければならないからだ。  実際に手を動かすのはメイだが、優介も協力しなければならない箇所が多々ある。  何事も動かないと始まらないと覚悟を決めた優介は顔を軽く叩き、気合を入れペンを持った。 「っしゃ、やるか! 」 「優介さん、迷惑をかけてごめんなさい……」 「気にすんな。別に一緒に暮らしたいって思ってるのは、メイだけじゃないんだからさ」 「優介さん……!」  感動のあまり抱きつくメイを放置し、優介は再びスマホへ目を向けた。  書き込む偽造データを確認する為だ。 「名字は……清水か」  その言葉を聞いたメイは嬉しそうな表情から一転し、その顔を悲しそうな表情へと変化させた。 「メイの関係者で清水といえば……清水明日香、僕の遠い親戚でメイにとっての生みの親か……?」 「はい。とても私を可愛がってくれてて、優介さんの次に慕っていました。でも、優介さんの所に行くのは最後まで反対していて……」 「なるほど、だから『他人の協力がある家出』なんていう形になったのか」 「はい……色々な人に心配と迷惑をかけてしまいました」  メイは今になって行動を後悔した。  初めて感情で動いた結果が、大勢の人に迷惑をかけているという現在だからだ。  だが巻き込まれ迷惑をかけられた側にも思う所はある。 「僕はさ、例え誰にどれだけ迷惑をかけても……やりたいはやった方が良いと思うんだ」 「優介さん……」 「迷惑の程度は関係性に左右されるだろうけど、メイを作った明日香さんはメイが行動を起こした事を喜んでるんじゃないかな」 「そうだと、良いんですが……」  そこまで言われても、メイは不安そうな顔をしている。  優介はダメ押しの一手を放った。 「それにほら、清水さんが本当に怒ってるならメイはもうここには居ないよ」 「そう……ですよね。励ましてくれてありがとうございます、優介さん!」  顔を上げたメイは手を動かし、書類に名字を清水と書き込む。  だが手は再び止まった。 「……名前はどうします?」  メイ自身とそのNN素体は、日本人ベースで作られている。  ハーフという設定は無い為にカタカナは使えず、“PNAI-001”という型番はそれ以上に使えない。  だが優介の頭には、既に名前の案が存在した。  彼は恥ずかしそうに後頭をかきながら、その案を口にする。 「“愛”に“生きる”と書いて愛生メイ、それが君の名前だ」 「愛に……生きる?」  この名前は半年程度前、メイがまだ完全では無かった頃の会話で話していたのだ。 『優介さん、私に付けたこのメイという言葉にはどういう意味があるのですか?』 『愛に生きるって意味だよ――』  優介が話している内にメイも思い出したのか、次第に顔を赤くし手で覆った。 「NSのキャラネームには漢字が使えなかったから、カタカナに変えてたんだ」 「……ごめんなさい、その話は今言われるまで忘れてました」 「忘れるのは悪い事じゃないよ。他の新しくて、良い思い出で溢れてるって事だからね」 「それも以前言っていた言葉……ですよね?」 「正解。じゃ、さっさとこれを片付けちゃおう!」 「はい……そうですね!」  途中で休憩を挟みながらも、彼らは書類の山と深夜一歩手前まで睨み合った。  その甲斐もあり、書類は一晩の内に片付いた。

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