非実在性彼女が実在する可能性
第4話 入れ知恵と策略

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 この部屋は優介の両親が彼に与えた物である。  一人で暮らす割には部屋数が多く、広い場所だ。  それなりに裕福な家庭と呼べる程には収入のある須藤家だが、ここを契約するのは少なからず負担にはなっているだろう。  そうした事情もあり、優介には親の許可無く無闇に住人を増やす事は出来ない。  メイを素直に受け入れなかったのは、両親への筋を通す……と同時にあわよくば断る口実としたかったからである。  NN素体でPNAI、つまり人間では無いと言ってもメイは美少女なのだ。  無いとも良い切れない間違いが起きては困るし、明らかに優介だけの手で負い切れない問題だと本人は思っている。 「優介さんのご両親は本土に暮らしている……と記憶しています。電話で答えを聞くのですよね?」 「あぁ、そのつもりだけど……今の時間だとまだ仕事中だから明日の朝かな」 「行くあての無い私は今晩、どこで過ごせば良いのですか?」 「……今晩だけだぞ」 「やったー!!」  時刻は既に夕方を過ぎ、辺りは暗闇に包まれる。 「さて。話も一段落付いたし、何か食うか……ってかメイも食べれるの?」 「PNAIが操るNN素体は、人間と共に暮らす事を想定して作られています。食事も勿論可能ですよ」 「そうなのか。じゃあちょっと待っててくれ」  優介は再びキッチンに入り、今度は料理を始めた。  誰かに……特にメイのような美少女に見られると流石に緊張するようだが、彼は何一つ失敗する事無く料理を作り上げた。  献立はご飯に野菜炒めにスープといった簡単な物であったが、メイはそれらを全て満足そうな顔で平らげた。 「ごちそうさまでしたっ!」 「ん、そりゃ良かった。……けど有り合わせの晩飯で悪かったな」 「いえいえ、突然押しかけたのは私ですから」  流しの側に動かした食器を洗う優介だったが、その顔は浮かない物である。  何故なら後に特大の爆弾が控えているからだ。 「……先に風呂入って良いぞ」 「良いんですか?」 「良いんだよ」 「ありがとうございますっ! ではお先に~」  NN素体はあくまでも、人に似せて作られた機械である。だから新陳代謝を行わない。  食した物は全てをエネルギーとして利用し、発汗等の現象は疑似的に再現しているだけだ。  体表面の新陳代謝が無いのであれば風呂は必要ない……と思われるかもしれないが、様々な要因で体表は汚れる。  そして人に限りなく近いというPNAIの特性上、人と同様に定期的に風呂に入る事が好ましいとされているそうだ。  優介の申し出に対し素直な感謝を述べるメイは、顔を赤くしながら優介の顔を見続けた。 「どうした? 風呂の場所はさっき教えたけど……」 「えっと、その……私が本当に人間じゃないか、確かめても良い……んですよ?」 「は?」 「だから! その、私が人間じゃないって証明を……」  その顔は何かに怯えるような、そして恐れているように感じた。  優介はメイに近づくと―― 「あぅ……」 「んな事しなくても大丈夫だ。メイの言葉は信用してるよ」  ――その頭に軽くチョップを食らわせた。 「誰の入れ知恵だよ! 良いからさっさと入れ!!」 「むぅ~! 明日香さんは『これで男の子はイチコロよ』なんて言ってたのに……ノリが悪いですよ優介さんっ!!」 「うっせぇ! ……ノリでして良い事じゃないだろ」 「……そうですね、お先に失礼します」  メイは少し顔を赤くし風呂へ向かう。  その背を眺める優介とて、別に彼女を意識していない訳ではない。  だが突然の事に対する困惑と美少女と相対する緊張と、一年メッセージを交わし続けた……実際には彼自身が育て上げた相手という状況に酷く困惑していたのだ。  据え膳食わぬは男のなんとやらではあるが、ヘタレと同時に相手の事を無駄な程に考えられる優介がメイを美味しく頂けるはずも無い。  一年も親密にメッセージのやり取りをしていた間柄は、狙いでもしない限りハプニングを発生させなかった。  優介に挑発的な態度を取るメイも、実体NN素体を持った状態で彼に会うという事で多少の緊張をしている。  勿論彼が優しいのは知っていたし、緊張と同時に歓喜も渦巻いていたが。  風呂上がりの優介を捕まえたメイは、彼に無理を言って同じ布団へ入った。  流石に抱きついたりは出来なかった……が、それでも互いの体温は伝わる距離だ。 「私は実体を持たないPNAI、しかもネクストで厳重な管理を受けていました。だからこうして共に過ごせるのは、何だか夢みたいです」 「そう……だな」  狭い布団の中では体温だけでなく、思いも伝わりやすい。  メイはある意味の箱入り娘。  ここまでの道中は初体験の連続で、怖いことの連続だっただろう。 「……家に来た事、後悔してないんだな?」 「後悔ですか? そこは大丈夫ですよ。私を管理していた研究員の皆さんは許可を出してくれましたし、それに……」 「それに?」  だが彼女には、そうまでして会いたい人が居た。 「とても優しい優介さんが私をどうこうするはずがありませんから」 「信頼してくれてるんだな。……なら、僕はその信頼を裏切らないように頑張るよ」 「はい♪ ……おやすみなさい、優介さん」 「あぁ。おやすみ、メイ」  普段テキスト上で行っていたやり取りを終えたメイは、親の側で眠る幼子のように安らかな眠りについた。 「人と完璧に繋がるAI……か」  PNAIとNN素体の組み合わせ。  人間である優介からして見れば、それはもはや人間と何も差異が無い。  メイの話によれば、NN素体は人工卵子を用いて人間との間に子孫を残す事も可能らしい。  だがその技術は未だ実験段階であり、メイの身体NN素体には搭載されていないようだが。  とは言え、出来るからやって気安く良い事では無い。  中々眠れない優介を他所に、夜は更けていく。

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