エデンはいくつかの区画に分けられている。 エデンを管理し、メイを作り出したネクストも存在するセントラルエリア。 農業や畜産の行われているサウスエリアに、エデンで使用する機械の全てを生産するノースエリア。 そして居住区画であるイーストエリアと、商業エリアのウェストエリアである。 優介はメイを連れ、ウェストエリアへと向かった。 自家用車と運転免許を持たない優介は普段から、公共交通機関である楽園線を使用している。 楽園線は各エリアの主要拠点を繋ぐ重要路線であり、エデンの住人であれば使用頻度は極めて高いだろう。 メイも優介の家へ向かう際に一度使用しているのだが、彼女は別の原因で興奮を隠せずに居た。 「夕食の準備も既に済ませていますから、帰りは多少遅くなっても大丈夫ですっ!」 「準備が良いな……。まぁ美少女を暗くなる時間帯まで連れ回す訳にはいかないから、程々で切り上げるけどさ」 「えへへ~……ストレートに言われると照れちゃいますねっ」 美少女の照れ顔はとても様になる、それが優介の抱いた感想だ。 だがそれと同時に“自分が隣に立つ資格はあるのか”……と悩みかけるが、彼は即座に“資格より意思が大事だ”と認識を改めた。 「それで、何をしに行くんです?」 「メイって父さんの許可も出たし、しばらく家に居るんでしょ?」 「はいそれは勿論! 優介さんが許す限り!!」 「あっ、うん。……まぁ、しばらく居るなら食器とかを買おうかなって」 「なるほど。確かにいつまでも来客用の食器をお借りする訳にも行きませんからね」 「まぁそれもそうだけどね……」 「?」 メイが共に暮らすに当たって様々な日用品を買う必要がある。 そこは優介に許可を出した父親、そして母親も理解していた。 故に優介は、両親から多額の資金を渡されている。 その内のいくらかをメイに渡したが、最初はそのお金を使うことに抵抗があった。 だが自分の為にわざわざ用意する必要は無い……とメイは言い、優介は共に暮らすのであれば自身が気に入る食器が必要になる。 そして何より、自分の気が収まらないという理由でゴリ押しした。 ゴリ押されたメイの表情には多少の気兼ねは感じられるが、それでもショッピングは楽しみなようだ。 「じゃ、片っ端から回るぞ!」 「はい!!」 エデンは広い。 であれば当然ウェストエリア内部も広く、様々な商業施設が立ち並ぶスペースが存在する。 そしてその一つ一つは広大な敷地を有していた。 それこそ一企業が小さな国程度の敷地を買い取り、乗り物を活用しないと内部を移動しにくいような規模の施設を作る事も少なくない。 だが今回優介の向かったショッピングモールは、自身の足で歩いて買い物をしたい客を狙い比較的コンパクトな設計が成されている。 それに加えて楽園線からのアクセスが最良な立地であり、利用者は非常に多い。 「っと買い物の前に、メイはスマホ持ってるか? 逸れた時の為に連絡手段が欲しいんだが……」 「連絡なら今まで通り、NSが使えますよ」 メイはその様子を実演して見せる。 手を使う事も無く優介のスマホに飛ばしたのだ。 内容は他愛の無い物だったが、優介の顔を笑顔に変えるには十分であった。 「オッケー。じゃ行こうか」 「はいっ! ……けど、逸れないように手を繋いでくれても良いんですよ?」 「………………しょうが無い、今回だけだぞ」 「やった!」 表面上は渋々手を繋いだ優介は、食器売場へと移動した。 しばらくは繋がれていた手も、商品を見る時までそうしている訳にも行かない。 二人の距離は少し離れ、器から箸やフォーク等の道具までを全てに目を通した。 「――メイ、このカップはどうだ?」 「ん~……オシャレで良いとは思いますけど、洗う時が大変そうですね。それに優介さんはシンプルな物がお好きでしたよね?」 「あぁ」 「なら向こうのカップにしませんか?」 メイが示す先には、二つ一組のカップが鎮座している。 気恥ずかしさから抵抗をしようとした優介だが、最後にはメイの気持ちを汲み取って受け入れた。 そうした一幕がありながらも、食器類は無事に一通り購入。 元々一人暮らしで数を揃えていなかったのもあり、それらの品は中々の量となった。 「ミスったな、本当なら服も見に行きたかったんだが……」 「すみません……私がアレもコレも、と買ってしまったばっかりに……」 「あ~、良いの良いの。僕がそれを見越した予定立て出来なかっただけだから」 しょんぼりとするメイ。そして優介の二人は、それぞれで一袋ずつの荷物を持っている。 最初は優介が一人で持とうとしていたのだが、上目遣いの涙目でやられた為に二人で持つ事となったのだ。 時間も資金も余裕はあるが、今日はここで切り上げる事にした。 メイの服は着回しが出来る程度の量を持って来ており、自分に何も言わないという事は問題無いのだろう……と優介は予想している。 実際その通りであり、メイは何かあれば遠慮せずに言うだろう。 それが一年間で築いた彼らの関係である。 帰りの道中、優介とメイはアクセサリーショップの横を通る。 優介はメイの視線がそちらへ向いている事に気が付くと、その足を止めた。 「……ベタな話だけどさ、お土産に何かアクセサリー買っていこうよ」 「良い……んですか?」 「なーに今更遠慮してんだよ。僕がメイにプレゼントしたいから話を振ったのさ」 「ありがとうございますっ」 優介はメイの手を取り、店舗へと向かう。 あまりに自然な行動で一瞬気が付かなかったメイだが、気が付けばその顔には笑みが浮かんでいた。 「とは言った物の、何をプレゼントするべきか……」 ここは優介が普段来ないタイプの店である。 彼には何があるのかも分からないし、そもそもメイが何を欲しいと思っているのかもまだ分からない状態だ。 優介がプレゼントした物なら何でも喜ぶかもしれない。 だがそれでも、彼はメイが一番喜ぶ物を渡したかった。 「……ん?」 薄紫色をしたスミレの髪飾りが優介の目に留まった。 何故だか分からないが、彼はそれがメイの髪に付けられた姿を自然と想像出来る。 本人の意見を聞く為、メイを呼ぼうと振り返るがそこに姿は無い。 彼女も優介と同様にプレゼントを探し、少し離れた場所に居たからだ。 ならちょっとしたサプライズで……と考えた優介は、先に会計を済ませて店の外へ移動した。 カウンターから丁度見える位置を陣取った為、少し遅れて会計を済ませたメイもすぐに合流出来る。 「メイ、何か良い物はあった?」 「はい。私だけ貰うのも何か勿体ない気がしたので、優介さんにはコレをプレゼントさせて貰いますね」 優介はスミレの髪飾りを、メイはオレンジのキーストラップを渡した。 「お金自体はご両親に貰った物で、申し訳ないですが……」 「細かい事はあんま気にしなくて良いよ、メイの為にって貰ったお金なんだからさ。けど……」 「けど?」 「メイが選んでくれたってだけで、すげー嬉しい」 「ふふっ、大事にして下さいね?」 「勿論」 二人は互いが選んだ物を手にし、それぞれをあるべき場所へと動かす。 その光景を回りから見れば、幸せなオーラが付きまとっている事だろう。 髪飾りを素早く付けたメイは一歩前へ出る。 「――大好きですよ、優介さん」 「ん? 何か言ったか?」 「いいえ、何も。それよりも早く帰りましょう?」 メイは夕日を背に振り返り、優介へと微笑む。 彼もそれに答え頷いた。 「そうだな。帰ろう、俺達の家に」 「……優介さんはズルいです」
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