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 メイと優介が深夜まで書類と睨み合ってから数日。  優介のクラスに転校生がやってきた。  整いすぎた顔に黒く長い髪、そして髪を彩るスミレの髪飾り。  日本人離れこそしていないが、その雰囲気は回りと一線を画している。 「初めまして、清水愛生ですっ!」  だがその中身はとっても明るい少女、優介を慕うメイそのものだ。  担任に促されて行った自己紹介では僅かな言葉しか喋らなかったが、クラスの全員を魅了するにはそれで十分である。  清水愛生という人物……優介の知るメイは、誰の目から見ても美少女に映るようだ。  休み時間になると、早速多くのクラスメイトが教室の角に押しかけた。 「愛生ちゃん、前の学校で部活は何だったの?」 「ねぇ彼氏! 彼氏は!?」 「俺が校舎を案内してやるよ、一緒に行こうぜ!!」  ちなみにメイの席は一番後ろの角、優介の席はその前だ。  詰め寄られるメイは冷静に対応しているが、その様子を見ている優介は何とも言えない感情に襲われている。  一方の離れた席に座る太一は流れに乗り損ねたらしく、若干不機嫌になった優介の隣へと向かった。 「よっ、後ろが人気者だと大変だな」 「まぁな」 「お前は行かないのか? そんな顔する位なら、お前も行けば良いだろに」 「……それもそうだな」  話を振った張本人、太一は意外な物を見た。  一瞬正気を疑ったが、彼はすぐに面白い物……つまり意外な行動を取った優介へと注視する。  太一に見守観察さられる彼は人混みへ割り込み、愛生メイへと声をかけた。 「清水さん、校舎を案内したいんだけど……良いかな」 「ゆう……須藤さん! 是非お願いします♪」 「おう、じゃあ早速行くか」  自然と伸ばされた愛生の手を取り、優介はエスコートする。  その行動は余りにも自然で、愛生の周りに集まる生徒を呆気に取らせる程だった。  休憩時間だけでは同じ階しか案内出来ないだろう、そんな事を考えながら優介は歩き出した。  だが彼が愛生と共に教室から出る頃には外野の多くが復活し、その中の一人が慌てて優介の前に回り込む。 「おい須藤! 清水さんは俺が先に誘ってたんだぞ!!」 「悪いな、清水さんの気分は先着順じゃなかったらしい」  嫌なら優介の手を振りほどけば良いのに、愛生は優介の手を離さない。  優介が離さないという事もあるが、愛生が強く握っている為に優介からは離せないのだ。  だがこれ以上優介に迷惑をかけたくない彼女は一つの決意をした。 「申し訳ありませんが、私は須藤さんに案内して欲しいのです。ですので、アナタの申し出はお断りさせて頂きますね」 「なっ! ……っち、分かったよ」  愛生はクラスの輪を崩さない為、優介の為に若干だが猫を被っている。  そこには自分の心を守るという理由もあるが、ありのままの自分が受け入れられないのなら偽りの自分で居る方が良い……という考えもあった。  だが一番の理由は、彼女がここまでの人数の相手をした事が無いからだ。  それは本来であればセントラルタワーの受付業務で慣らす予定であった。  だが今はそうも行かず、若い彼ら彼女らには勢いがある。  愛生も流石に緊張していたらしく、教室を出ると溜め息を漏らす。  隣に存在するのが優介だけになると、愛生の顔からは余所行きの笑顔は剥がれ……普段の自然な笑顔が戻った。 「……ありがとう、優介さん」 「ん? 何か言ったか?」 「何も言ってませんよ♪ それよりも優介さん、私の人気に嫉妬してくれたんですね」  優介がメイに持つ感情は絶妙な物である。  親心と恋心、そして友としての認識が混ざり合っているのだ。 「……そんな事は無い」 「ふふっ、嫉妬してくれたのは嬉しいです。けど一番はアナタですからね?」  授業の合間に作られた休み時間は非常に短い。  優介は今回は同じ階の設備だけを説明すると教室へ戻った。  愛生が教室へ戻れば、彼女の周りには再び人混みが形成される。  だが授業前ギリギリという時間であった為、すぐに担任の先生……高橋先生が散らしたが。  そして時は流れてお昼時。  朝と同じく愛生の周りには人混みが作られ、一人の男子生徒が彼女に声をかけた。 「清水さん、今度こそ――」 「――ごめんなさい、先約があるので」 「そういう事。じゃ!」  先約は優介、そして太一である。  今回は太一がアプローチを仕掛けた。 「ありがとうございます、森川さん」 「良いって良いって。俺もちょっと話してみたいなーと思ってたからさ」  行き先は彼らがいつも使う食堂……では無く、未使用の教室である。  話してみたいという太一の思いは本当だったらしく、食堂で他人に邪魔されるのを避けた形なのだろう。  優介と合流した太一は、菓子パンを一口食すとまずは雑談を始めた。 「お前この前ウェストエリアのショッピングモールで清水さんと手を繋いでたよな? 教室だと隠してるみたいだったから何も言わなかったが、知り合いだったんだな」 「えっ……?」 「あぁ、見てたのか」  太一は愛生も話しに混ざれるよう立ち回っているが、基本的に優介に話を振る姿勢を取っている。  愛生の緊張を理解し、懐柔する為に優介と仲が良いという事を暗に証明したいのだ。 「おう。たまたま食器を壊しちまってな、俺も食器を買いに行ってたんだよ」 「なるほど。酷い偶然もあったモンだねぇ……」 「だな~」  優介は特に慌てていない様子だが、愛生は違った。  二人の関係はあくまでも秘密にしなければならない……という義務感があったからだ。 「優介さん!? どっ、どどどうすれば!! シメちゃいましゅか!?!?」 「「おいバカ止めろ」」 「一応言っとくが、俺は言いふらしたりしないからな? どんな事情があるのか知らんが。……と、多分にはなるが他の生徒は居なかったと思うぜ」 「助かる。んでメイはちょっと落ち着け」 「はいッ!?」  太一は優介の信用する数少ない……というより、唯一の友人である。  彼には優介と愛生の関係を隠す理由が無く、信用も出来る。  故に全て……とまでは行かなかったが、ある程度の事情を説明した。  問題無い事が分かったというより、観念して腹を括った愛生は優介と同じ献立の弁当を取り出す。 「なるほどね、清水さんがあのメイちゃんだったと……。事情は大体分かった」 「言いふらさないでくれよ?」 「わーってるって」  太一は菓子パンを既に食べ終えている。  優介の話しを最後まで聞くと、彼はしばらくはスポーツドリンクを飲みながら考え込んだ。 「……けどまぁ何だ、NSを初めて清水さんと出会ってさ。……んで今こうして直接会話出来るようになって、優介の顔がマシになってるんだよ」 「マシって何だよマシって」 「だって最初は表情筋一切動いてなかったんだぜ? だから清水さん、コイツの事頼む」 「はい、勿論ですっ!」 「こういうのって普通逆だよな……?」  太一の視点はもはや親のそれに近い。  優介からしてみればお節介としか言い様の無い言葉だが、それは太一が彼を心配しているからこその言葉である。  口では多少の不満を漏らす優介も、その口元には笑みが浮かんでいた。 ―――――――――――――――――――― 優介にとって学校とは退屈な場所である。 だがメイと共に過ごした一日は非常に充実し、あっという間に下校時間となった。 「皆さん良い人達ですよね」 「あぁ。イジメも表立った所じゃ無いしな」 イジメが表面化しなくなった理由……それは校内には監視カメラが設置されている事である。 このカメラを通してAIが校舎全体を監視し、人であれば難しい判断も素早く下す。 全ての事案を隠すことなく通報する事により、イジメや不正はほとんど起きていない。 「それでも……」 「多分、ゼロじゃない」 生き物は争う宿命にある。 それは小さな子供の頃から、生き物の本能として備え付けられた物だ。 どんなに清らかで優しい聖人であろうと、敵を見つけて攻撃する事で快感を覚えるだろう。 「だからこそ、メイのような存在が必要なんだ……」 人と繋がり、人と人の繋がりを広げる。 それがPNAIの設計理念だと優介の父親は言っていた。 生き物が争うのは弱いからである。 だが同時に群れれば群れるだけ強くなるのも生き物であり、その特徴を最も顕著に持つ生き物が人間なのだ。

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