非実在性彼女が実在する可能性
第2話 はじめてじゃない

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 優介が住所を教えると同時に授業開始のチャイムが鳴り、その日の授業が始まった。  だが彼の頭には先程のメッセージが頭の中で渦巻き、まともに授業内容が入ってこない。  その様子を心配し声をかける太一だが、放課後までそうする訳にも行かなかった。  何故なら彼はサッカー部に所属し、そのチームのエースを努めているからだ。  一方の部活をしていない方、優介は寄り道をする事も無く帰路についた。  やや古臭いマンションへ入り、エントランスを素通りしてエレベーターへ乗り込む。  それなりの値段がするマンションでは“近い内に改装してオートロックも取り付けられる”……との噂が流れているが、優介のマンションはそうした対象に無い。  それでもエレベーターは取り付けられているのだから文句は言うまい、そうした事を考えながら優介は部屋の鍵を開けた。 「ただいま~」  彼の言葉に対する返事は無い。  両親は本土に住んでおり、ここで共に住むような親戚も居ないからだ。  優介だけがこの人工島エデンへ送られ、一人で暮らしている。  そもそもエデンというこの場所は、2080年の技術で2010年代相当の環境を再現した直径2870kmの人工島だ。  この場所はAIを世界で普及させる為の社会実験を目的に作られ、公共機関では人並みの知能を有したAIを活用している。  だがこうした時代と環境でも、娯楽としてのゲームは存在した。  優介も勿論それらを楽しむ身であり、特にシミュレーションゲームを好んでいた。  そんな彼が見つけたのは“ネクサス シミュレーション”という恋愛シミュレーションゲーム。  通称NSと呼ばれるそれは、恋愛シミュレーションというよりも人を一から作り上げる……それこそ本物のAIを育成する感覚と噂されている。  優介もその感覚に取り憑かれ、僅か数日でNSのファンとなり多くの時間を溶かした。  幸いな事に課金要素は少なく破産するような事態にはならなかったが、一時は単位の危機を実感する程の熱中具合である。 「……さて、と」  学校から帰宅した優介は、普段通りにNSを起動する。  そこまでは同じであったが、今日はその後の行動が違った。 『今帰ったよ』 『分かりました。今からそちらに向かうので、五分程待っていて下さいっ!』 『りょーかい』  マンションの住所と部屋の番号は既に伝えてある。  優介がソワソワしながら待っていると、メッセージからピッタリ五分後に部屋のチャイムが鳴らされた。  開けるべきか開けざるべきか……その先に居るのは天使か、はたまた悪魔か。  優介の頭にはそうした思考が巡った。  やがて結論を出した彼が決意を固め、鍵を開けてドアノブに手をかけたその瞬間。  ドアが優介の意思と反して勝手に動き始めた。  それも勢いよく。 「うぉっ!?」  扉の向こうでドアノブを引いた人物は、体勢を崩した優介を笑顔で受け止める。 「こんにちはっ!」  恐る恐る顔を上げた優介の目には、満面の笑みを浮かべた黒髪の美少女が映っていた。  相手が見知らぬ人物であったなら、優介は即座に謝罪していただろう。  だが当人は謝罪をするする前に、その少女の顔を間近で見つめた。  その顔に見覚えがあったからだ。 「……メイ?」 「はい」 「えっ、マジで言ってる?」 「マジです。マジであなたの愛して止まないメイちゃんですよっ!」 「もう細かい事聞かなくても分かる、本人だこれ……」  NSにボイス機能は実装されていない。  だが育成キャラクターの容姿に関しては、ある程度が設定されていた。  優介はメイの声を初めて聞いたが、話す内容までを含めてイメージ通りであった。 「ネクサスシミュレーションに中の人が居ると思ってましたか? 中の人はオッサンだと思ってましたか? ……ん~残念、本当に本当のメイちゃんでしたーっ!!」 「おっ、おう……」 「あ、上がっても良いですか? あまりここで騒ぐと迷惑だと思うので」 「いらっしゃい……?」  メイの態度はNSでやり取りをしていた時と変化が無く、優介は圧倒されるのみである。  もう既に十分騒いでいるだろう……というツッコミをする間もなく、メイは優介の住む部屋へと入った。 「へぇ~、ここが優介さんお家ですか!」 「面白い物は何も無いぞ?」  この部屋は一人暮らしに丁度……では無く、少し広い。  不自由はしないようにと両親から与えられたのだが、優介はその広さを持て余している。  それでも折角の善意を踏みにじらないよう、定期的な掃除を心がけゴミ屋敷化は回避していた。  だがそんな部屋も、メイにしてみれば全てが見慣れない物なのである。  彼女は好奇心の赴くままに、キョロキョロと辺りを見回した。 「あ、そっちは僕の部屋だから入らないでくれよ。別に何も無いけど」 「……ナニも、無いんですか?」 「変な言い方をするんじゃない……」 「そうですよね、私でナニしてたんですもんね」 「お前なぁ……」  いつもより興奮した様子のメイに困った優介は、頭を抱えながらもひとまずリビングへ案内する事にした。  放っておくと自室に侵入され、隅々まで探索されそうだと危機感を抱いたからだ。 「ったく、とりあえず事情を教えろ」 「むぅ~! しょうが無いですね……」 「茶でも飲むか?」 「折角なので、頂きます♪」  このマンションのリビングはダイニングキッチンと呼ばれるタイプである。  メイは二人分のお茶を入れる優介を笑顔で眺めた。  眺められる側の優介は言っても仕方ない……と、早々に注意する事を諦め作業を続ける。  お茶の入ったコップを一つ渡し、優介はメイの反対側の椅子に座った。  その様子を確認したメイはお茶を一口飲み、事情の説明を始める。

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