「うわぁ……ここが〈帝都ビャクロク〉!」 院瀬見さんに愛馬に乗り、やってきたのは帝都〈ビャクロク〉――巨大な門を抜けて街へ踏み入れた私は、目の前に広がる景色に驚きと感動で溜息をついた。院瀬見さんの後ろに座ったまま、きょろきょろと街を見渡す私を横目で確認した院瀬見さんは、ククッとおかしそうに吹き出した。 「なんだ、帝都に来るのは初めてなのか?」 「はい! 町に立ち寄る商人や旅の方からお話を聞いてはいたのですが、実際に行ったことも見たこともなかったから想像することもできなくて」 「そうだったのか。どうだ? 初めての帝都は」 「なんだか……凄すぎて、言葉にできませんっ」 大きく息を吸い込んで、街に響く音に耳を傾けた。そこに住む人々の数も立ち並ぶ建物も、流れる空気も、すべてが〈ショウジョウ〉とは違う。 街の入り口付近に店を構える甘味処の玄関先には、宙にふわりと浮かんだ招き猫が客引きをしていた。左手に水羊羹を持ち、右手で手招きをする様はなんとも不可思議。その向かいのお茶屋には、誰もいないのにクルクルと勝手に回る石臼が置かれている。ゴリゴリ、スリスリと音を立て、香りのいい抹茶をひていた。 右を見ても左を見ても、私の知らない妖術が街中に溢れている。さすが〈中ツ国〉最大の妖術大国〈カイドウ帝国〉だ。 人々が生きるこの大陸には、東西南北それぞれの領土を統治する四つの大国が存在する。 東方領を統べる〈コノエ皇国〉は、全長約50キロにも及ぶ貿易港を有し、海を越えた国々との交易によって栄えてきた貿易大国。 西方領〈リカン帝国〉は古の時代から長きに渡り、領土を巡って戦いを繰り返していた歴史から、妖術を軍事転用して国力を強化していった軍事大国。 南方領〈ロコウ帝国〉は豊かな自然と土壌、清らかな水に恵まれた農業大国。四つの国の中で最も平和で穏やかな国だ。 そして北方領を統べる〈カイドウ帝国〉は、妖術が生み出された〝はじまりの大地〟であり、研究者や術者を数多く輩出し発展したことから、最も強大な妖術大国となった。 人々はこの四ヶ国群を〈中ツ国〉と呼んでいる。今でこそ比較的穏やかな時が流れているけれど、十数年前まで大きな戦いや国境付近での小競り合いが絶えなかった。もちろん、この〈中ツ国〉がそれぞれ手を取り合って、協力し合う関係を築けていたらよかったのだけど、実際は互いの腹の探り合いをしながら沈黙を保っているだけ。この平穏がいつまで続くのか、今は誰にもわからない。 「この景色がずっと続けばいんだけど……」 「ん? アオバ、どうした?」 口をついて出ていた言葉に気づいた院瀬見さんは、私の顔を覗きながら聞き返した。まさか聞こえていたとは思わなくて、驚いて何度も首を横に振った。 「い、いえ。何でもありません」 「そうか? さて、城までもう少しだ。行こうか」 「はい」 街見物を終え、院瀬見さんは馬を走らせた。 小気味よく蹄を鳴らしながら駆け抜け、やがて帝都を一望できる小高い丘の上へとやってきた。そこに城塞〈雲龍城〉は建っていた。 敵の侵入を阻止するため、第一、第二と続く厳重に守れた門をくぐり、ようやく敷地内の東側に建てられた黒龍隊の寄宿舎に到着した。すると、その帰りを待ち構えていたかのように、3人の剣士が院瀬見さんのもとへ駆け寄ってきた。 一人は、少女のような可愛らしい容姿にもかかわらず、不釣り合いな厳つい眼帯をした一四・五歳の少年剣士。もう一人は、左目が銀色に近い灰色をした秀麗な顔立ちの青年剣士。そして最後の一人は、少年とも見間違うような風貌の女剣士。 「外に出ていらしたのですね。姿が見えないので心配しました」 と、青年剣士が安堵の笑みを浮かべながら、乗ってきた馬の手綱を受け取った。 「陛下のご命令でな」 「総長、黙っていなくなられては困ります! どこへ行っていらしたのですか」 女剣士が語気を強めて詰め寄った。あまりにも責め立てるような口調で問うため、院瀬見さんは苦笑いを浮かべて後ずさった。 「西の〈ケイトウ〉を夜叉族が襲ったと連絡があってな。数も多くないとのことだったから、俺が対処してきたんだ」 院瀬見さんの返した答えを聞きながら、私は首を傾げていた。 この大地に生きる人々は〈人間〉と〈夜叉〉の二つの種族に分けられる。 人間の肌が淡い小麦色や黄なり色で、黒やこげ茶の瞳であるのとは異なり、夜叉族の肌は雪のように白く瞳は美しい黄金色をしている。その瞳孔は猫のように鋭く細長い。夜叉族はその身に〈妖〉の血を宿し、それが禍を齎すとされ、数千年に渡って忌み嫌われてきた種族だ。 帝都から西にある〈ケイトウ〉は、豊な森と澄んだ水に恵まれた小さな村だった。米作りが盛んで、ケイトウ産の米は非常に質が良く、ショウジョウのような田舎町でも高値で取引されるほどだ。 そこに住む人々は穏やかで、争いとは無縁。そんなケイトウを夜叉族が襲ったとなると、帝都の人々も心穏やかではないだろう。 「総長、またお一人で行動なさったのですか⁉ どうしていつも私達に黙って行動するんです!」 院瀬見さんの報告を聞いた女剣士が、呆れ混じりの溜息をつきながら怒鳴った。その声があまりにも大きかったものだから、私はもちろん、院瀬見さんも目を丸くして驚いた。 「お前達は帝都に出回っている偽金の調査に追われて、手が回らなかっただろう?」 「だからといって、総長直々に動くことはないんです! もう少し部下を信用したらどうですか?」 「あぁー、相変わらずヒユリは煩いな」 「う、煩いとは何ですかっ。私は総長を心配してるんですよ! 総長が強いことは十分に理解していますし、私達など足元にも及びませんが、だからといって一人で出るなど――」 女剣士はさらに語気を強め、院瀬見さんに反論する隙すら与えないように文句をぶつける。これには院瀬見さんもたじたじ。見兼ねた眼帯の青年剣士がクスッと含み笑って、落ち着きなさいと割り込んだ。 「総長を責めるのはそのくらいにしておきなさい。それよりも、私は総長がお連れした背後の女性がとても気になっているのですが?」 三人の視線がこちらに向いた。目が合ったとたん、なぜか彼女は私を睨みつけた。そんなに睨まなくてもいいのに……ここで嫌な顔をしてもいいことはないから、一応、愛想笑いは返した。これといって癇に障るような発言も行動もしていないはずなのに、何が面白くないのか、彼女はくすりとも笑ってくれなかった。
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