水囚の鏡姫
第三話 偽りと真実 2

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「お?なんやあれ?」 「龍……?おい、ここって一応現代日本だよな?」  屋上で智が戻るまで待機することにして馨月とともに屋上に戻ってきていたひな達は、突然上空に現れた銀色に輝く龍に驚いた。隼斗の発言でも明らかなように、ここは現代日本で、ファンタジーの世界ではない。つまりは、そんな状態で龍が登場するというのは完全にありえない話だ。しかし、目の前には確かにそれがいた。  さらには―― 「みんな、遅くなってごめん!」 「智!」  その背中から降りてきたのは紛れもなく智だった。 「ひな、ちゃんと約束守ったから、奢りはなしだよ」  そう言って微苦笑する彼に、 「……そんなのどうだっていい!……良かった……おかえり」  ひなは駆け寄り、素直にこう口にした。 「……ただいま。」  彼もそう優しく返す。 「……なんか……ラブラブやなぁ……」 「ここでちょっかいを出すのはやめてあげて。少しそっとしておいて」 「そうだな……」  そう口々に言う三人と二人を尻目に、聡は考えていた。 (……なんか少し……羨ましいかも。僕もいつかは……) 「……どうしたの?」 「な……何?」  急にさつきに話しかけられて、聡は思わずびくっとする。 「あ、あのなんか考え込んでるみたいだったから……どうしたのかなって……少し心配で」 「……い」 「え?」 「何でもないよ!」  そう言って聡は目を逸らした。 (言えるわけないよね……)  さつきのことを、考えてた……なんて。 「とりあえず、わかったことを話すよ」  智は自分が知った真実の全てを仲間に伝えた。現在の鏡姫は『魔法使い』と呼ばれた青年である旭と、鏡の精霊である馨月の魂が合わさって鏡に封印されたものであり、更に言えば『馨月』として智達が出会った少女はその中の『馨月』の魂で、今も鏡に閉じ込められたままの心は後悔と言う名の罪に囚われた旭の魂なのだと。 「そして、僕や和希たちが出会った『狩人』だけど、本当の『鏡姫』の僕である『狩人』と、鏡姫を騙る存在の僕の『偽狩人』がいる。今僕が乗ってきたジルヴァは本物の方だよ」 「……なるほど……いきなり『魔法使い』が失踪したのは……殺されたから……ミステリーの常套手段……」  満は納得したように深く頷く。 「……お前、ミステリー好きなのか?」 「もちろん。トリックを解くのが快感なんだ。三日間考え込んで解いた時の達成感は素晴らしかったな」 「……」  この答えに隼斗は思わず絶句した。彼はじっくり考えるのが何よりも苦手だから、まあ無理もないのだけれど。 「……暇人だな。オレには絶対無理だ」 「まあ、確かに君には向かないだろうな」 「……ああ。薦められても読みたくねーな。聡とか好きそうだけど」 「え?何でいきなり話振るんですか?」 「いや、お前頭いいから難しいトリックとか解けそうだと思ったんだよ……オレは基本的にそこがダメなんだよ。考えながら読みたくねーんだよ。別に読書が嫌いなんじゃないんだけど」 「……僕、そんなに頭良くないと思うけど……むしろ記憶力で乗り切ってる感じで……」  聡は謙遜してこう言うが、口元は微妙ににやけている。 「……ま、口で言っても顔は正直だな。お前、絶対ポーカーフェイスできないだろ」 「うん……出来ないと思う……。あ、えっと俺ミステリーはあまり好きじゃなかったりするんだ。いやその……ほとんど殺人事件で人が死ぬから……なんか好きになれなくて……」 「……聡らしい答えだね」  確かに、と満は頷く。ミステリーに殺人事件はつきものだ。もちろん世の中全てがそうかと言われればそういうわけではない。小説で架空の世界のことだから気軽に読めるものの、あんなに探偵の行く先々で事件が起こっていれば日本の人口がすごいスピードで減ってもおかしくはない。そもそもそんなに事件が起こっていれば安心して暮らしていくことができないだろう。小説の中だから書ける世界。 「……これは仮想って分かってるんだけど、何か嫌で。例え仮想の世界でも……やっぱ嫌だなあって。子ども……なのかな?」 「え?」  急に話に入ってきたジルヴァを蒼唯は不思議そうに見上げる。 「……うん。後悔はしたくないから……それはわかってるつもりだよ」  聡は頷くとそう言い切った。  ジルヴァは満足したようにそう言うと、口を閉ざした。 (………それだけはわかってるつもりだ……) 「後悔するぐらいなら迷わずにやれ。そして好きな子は絶対に守れ」  昔、ある本の登場人物が言っていた言葉。十六才になった今、昔はわからなかったその意味が少しずつわかり始めてきている。もうひとつ付け加えるのなら、シレナの力に目覚めてからだ。  昔、聡は気弱で引っ込み思案だった。だが、この台詞とその物語を読んだ後に少しずつ「強くなろう」と決めた。いつか大切な人ができたら、その相手を守れるように。  ある事件でさつきと出会たときから、淡い想いが芽生え始め、そして今に至っている。弱気なのは相変わらずだけど。 (さつき)  満のミステリー発言を受け、少し和む意味も兼ねて今彼らは思い思いに雑談をしている。彼女は馨月やひなと話していた。その楽しそうな笑顔を見つめて彼は改めて思う。 「……僕が……」  まだ頼りないから、不安かも知れないけれど。だけど自分に出来る限り精一杯頑張って――必ず君を守るから。 「……それじゃあ『鏡姫』の本体のある場所に突入するよ。『偽者』の妨害があるかも知れないから戦闘に行くつもりで気を引き締めて。ジルヴァ、案内を頼むよ」  智たち全員がジルヴァの背中に乗ったのを確認した後、彼らの姿はその場から消えた。 ――  真っ暗だった。もはや自分と言う存在が形を為しているのか、この闇の中に同化してしまっているのかもわからない。ただ、こうして思考できるということはかろうじて魂の輪郭は精神体として保たれているようだった。  彼はそう呟いて俯く。脳裏によぎるのはあの日の記憶―  そして後悔の念。  彼の頬を一筋の涙が伝い、闇に融けた。

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