いつまでも変わらなかった俺を差し置いて、時間は更に経過していく。 サナが王都へ行くと言ってから、体感にして数時間。処刑の日の朝になっていた。 …もうそこからは何も考えず、ただ立ち上がり、ただ足を進めた。 戦う理由など、自分が粉々に崩してしまったというのに。 ———王都にて。 人類の王、ユダレイ・タッカーダル四世は高らかに叫ぶ。 「これより、犯罪人の処刑を執り行う!」 何人もの鎧を着た兵士。それを取り囲むように断頭台に殺到する人集り。 「この者達は国際重要最高刑執行指定人物を、あろう事か匿った! よって、本日をもって、この犯罪人の処刑を執り行う事が決定した!」 磔にされた人物は二人。 白の義理の父、ジャン・フェールダウンとサナの義理の父、ジェーン・グレイフォーバスだった。 「よかった…! おじいちゃんまだ生きてた…!」 王都の中心部に人が集まる中、王都への橋を駆ける人物が一人。サナ・グレイフォーバス。犯罪人ジェーンの義理の娘である。 「まずは…っ!」 サナは杖を思いっきり地面に突き立て、 「錬成開始っ!」 …と、そう発した瞬間、少女の目の前に氷の柱が立つ。勿論、軍の注意を引きつける為のデコイだ…! 「斬首台は、中央広場…! 家を上手く影に使えば楽に接近できる!」 サナは杖を手に取り、そのまま自分より少し右のの住宅地に傾け、魔力を流し込む。すると、杖の方向に別の柱が立ち上がる。 「成功っ! ざっと見た感じでも、兵士が分散してくのが分かるっ!」 そのままサナは先程立てた柱とは別の方向の中央広場に繋がる道へ移動する。 家と家の影を走り続けて少しした後、右側に人集りの見える道に出た。 「あそこね…! 一気に行くわよ…俊敏強化!」 自身に俊敏化の魔術をかけ、そのまま突っ走る…! そのまま跳び上がり、二人の位置を確認する。 しかし、視界に違和感。兵士がいないのだ。どこにも。 先程まで分散していた筈の兵士が、完全に姿を消している。 まあいっか。と違和感を一蹴したサナが地上に降り立った時。 その時が敵の狙い目だった。 通りの横、家と家の間。敵が潜んでいたのはそこだった。 あ、まずい。と思ったその時には、勝敗は既に決していた。大通りの横。サナに近い所で、槍を構えていた兵士。 普通なら、そこでサナは死んでいた筈だった。 いくら凄腕の魔術師ウィザードとて、油断していた所から一瞬で魔力障壁を張るのは難しいからだ。 しかしそう、普通ならそこで終わっていた。 普通、なら。 槍を構えた兵士が倒れたのだ。 直前にスパコーン、なんて響きのいい音を鳴らしながら。 そのままサナの眼前を茶色の物体が通り過ぎていった。 反対側に潜んでいた兵士も、その攻撃には対応しきれなかったのか、頭からその物体に当たって倒れていった。……すぐそこ。家の影にいたのは、 白だった。 ———ずっと、絶望していた。 それでも、足だけは前に進めていた。 なぜなら、森の家から逃げ出した時も、うなだれていた時も、ずっと刀だけは握り締めていたのだから。 戦う理由なんて無くとも、どんなに他人に見せれない顔をしていても、どれだけ自分優先でも…………それでもこの刀だけが、俺の生きている理由だったのだから。 「……よお。遅れて…すまん」 「嘘…」 …まぁ、当たり前の反応だろうな。 絶対に来ないと思っていた人が、一番責任を取らないといけないのに逃げてしまった人が、何も無かったかのように目の前にいるのだから。 「ごめん…俺は、逃げてた。自分が負うべき責任からも。そして…君からも。でも、」 でも。お願いだから、ここまで来たのだから。 「でも、頼む。協力してくれ。二人を助けだすのに。こんな事…言える立場じゃないのは分かってる、でも…」 「…それじゃあ………責任、とってよね…!」 「ああ、分かった。約束する」 落ちた木刀に手を翳す。瞬間、木刀は猛スピードで自身の手に戻ってくる。 「どう…なってんの? その刀…?」 俺たちが話してる間に都民は危険を察したのか広場からはいなくなっていた。 「斬首台はだいぶスッキリしてきたな」 「まだとっても気になる二人が残ってる…けどっ!」 二人同時に走り出した瞬間に、正面に現れた兵士四人からの爆発魔術が飛んでくる。 「氷魔術と跳躍強化魔術で援護頼む!」 「ま…任せて!」 サナが杖を地面に突き立てた瞬間、氷の壁が目の前に姿を見せた。 爆発魔術のおかげで、その透き通るような氷の壁は粉々に砕け散ったが、もうその影に白の姿はなかった。 「お前らの…後ろだぜっ!」 白は四人の足を木刀で薙ぎ払った後、もう一度高く跳び上がる。 前に、前にと足を進める為に。 跳び上がった際、下にいたかなりの兵士から炎の球が放たれたが、こちらに向かってきた球は木刀で掻き消し、木造の台の近くに着地する。 木造の台にいるのは、ユダレイ王と偉そうな女騎士の二人。ユダレイ王は武装していない為、倒すべき敵は女騎士ただ一人に絞り込めた! 木造の台に上がり込む。 「王と犯罪人には指一本触れさせん!」 「でもお前には、触れていいんだろう?」 木造の台に登った後、剣を構えた女騎士のガラ空きだった腰を木刀で一発叩いた後、よろけながらも振り下ろされた剣を木刀で受け止め、その自信に満ちた顔を思いっきり左足で蹴り払う。 「がっ…ぐうっ…!」 「俺の勝ちだな…!」 女騎士は腰をうずくめて倒れ込み、そのままユダレイ王に木刀を向ける。 「犯罪人二名を解放しろ。そして俺たちを二度と捕らえようとしない事を誓え!」 …更に木刀を近づける。 「わ…分かった、分かったから…! ふ…二人を解放しろっ!」 吐き捨てる様に命令するユダレイ王。 命を受けた兵士は斬首台から二人の頭を外す。 「王よ…そのような事は…!」 うずくまったまま掠れた声で女騎士は喋る。 「か…構わんっ! この者達は…今この時をもって無罪に処す!」 強引に。初めて力で、気に入らない者を捩じ伏せた瞬間だった。 …終わった。勝ったんだ。俺達は。 たった二人で。いくら分散していたとはいえど、軍の魔導大隊相手に。 おそらく王は、俺の力を完全に見切った。抵抗しても無駄だと実感したのだろう。 …さて、ようやく面会の時間だ。 「おじさん…生きてるよ、俺」 「…ああ、立派になったな、白。魔王軍との戦いを心配していたわしが馬鹿らしくなってきた」 その横では、サナがジェーンさんに抱きついているのが見えた。 「おじいちゃん…ただいま…!」 「おかえり…サナ」 ———その後は、なんか色々とあった。 色々と、じゃ分からないかもしれないが、色々ありすぎたんだ。とりあえず特筆すべき事としては、王城で事態の収拾をつける事になった。 あの偉そうな女騎士は今までとは態度を変えずにいたが、人界王は素直にこちらの要求を呑んでくれた。 サナは高圧な態度で人界王に対して要求を差し出す。 その姿はこちらが犯罪者を追い詰めているのではないか、と思う程だった。 そして、俺自身は出身は日ノ國だが、国自体を滅ぼした訳ではなく、滅ぼした犯人についても検討はついていないとしっかり説明した。 要求の一環として、レメル500枚を受け取り、そのまま4人でレストランで豪遊。 都民からの目線には冷たいものもあったが、そんなもの再開した家族二組にはどうでもよいものだった。 そして…まぁ、約束を果たす時が来てしまった。 「さて、白くん、約束は覚えているかね?」 皆が特製のキングステーキを食べ終わった後、ジェーンさんの開口一番がそれだった。 「アレですよね…約束って…俺と…サナが…」 それを聞いたサナが何やらいかがわしい雰囲気を察したのか、 「私と白が、何?」 少し低い声で、弱気になっていた俺を押し潰すかの如く迫ってくる。 「いや、その、ジェーンおじさんがさ…うまくいったらサナを一緒に旅に連れてってほしいって…」 「サナの昔からの夢だったろう? パーティを組んで、ギルドに入って、未開拓の地を冒険して!」 畳み掛けるようにジェーンさんが詰め寄る。が。 「私によからぬ事をしようってんじゃないでしょうね」 「い、いやあ、でも、約束しちゃったしさ、ね?」 変わらず高圧的な態度で接するサナに対し、少しおとぼけた態度で返す。 「…分かった、分かったわよ。私は、約束してないけど、してないけど!…でもまあ、昔からの夢だったし…」 サナはその白い頬を少し赤らめ、しだいに小さくなる声で語りかける。 少し間が空いた後、静寂を突き破ってサナが呟く。 「…責任、とってよね」 唐突なお願いに、思わず返す。 「責任…? 一体何の…?」 「…秘密」 「へ?」 「だから、秘密だって言ってるの!!!」 「?????」 白が頭に「?」マークを浮かべるのを側で見ていたジャンがジェーンに向かって話しかける。 「なあジェーン、とやら。色恋沙汰が始まってしまいそうな雰囲気になってきたが、これもお主の狙いの一つか?」 「あいつに、サナに初めて欲しいものを聞いた時、サナはカッコいい人……運命の人がほしいって言ったんだよ。お前の息子さん、充分カッコよくなっただろう?」 「ああ、数日前とは見違えた顔になったよ。わしの心配は雲の様に掻き消えていったわい」 楽しい時間はここで終わり。ここからは厳しい冒険が待っている。 食糧を自分で採り、必死に依頼をこなして、生計を立てる、今までと何一つ変わらない現状。 それでも前とは違う。心強い味方が、側にいてくれるからだ。 サナを初めて見た時、自身の胸に強い違和感を感じた。 ……それはまるで、自分が会うべき人に会えたかのような。 ……それはまるで、昔々、本当に気の遠くなるほど昔の願いが叶ったかのような。 胸が締め付けられ、熱くなり、鼓動が増す、今まで感じた事の無かった感情。 俺は今ここで、この言いようのない感情についてようやく答えを出す。そうだ、俺は———。 …恋を。していたんだ。 ———それは、今まで出会ったことのない感情で。 突如として私の目の前に現れたその人は、まるでずっと会いたかった人のような、「運命の人だ」と直感で感じさせるような既視感があって。 …そして、何があったかは知らない。だけど、打ちのめされても諦めない、どれだけ絶望しようとも、それでも刀を持ち続けた彼に。 私は、生まれて初めて———。 だからこそ、私はその責任を……取ってもらいたかった。
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