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 たまには昔の話を思い出すのもいいものだね。  しかし、いつのことだったかな。似たような話もよくあるし、どの話がいつの事だったか端から忘れていってしまうよ。  ねぇ、キミ。ちゃんと聞いてるかい?  きちんと記録しておかないとダメだよ。それがキミの仕事なのだからね。まったく。こんなに美味しい食事がタダで食べられると思ってもらっては困るよ。  それじゃあ、次の話をしようか。  この話は、学校からの依頼だったかな。今はもう、廃校になってしまったのだけれどね。  ……。  その女子生徒はとても大人しい子で、クラスでもあまり声を出すことなく静かに過ごしていました。  いえ、全く喋らないというわけではないんです。ですからお友達も何人か居ましたし、誰かに虐められているような様子もありませんでした。むしろ楽しそうに過ごしていたと思いますよ。その……私が問題に何ひとつ気づけないような、ダメな教師でなければ、になりますが……。  私は美術部の顧問としても彼女とはよく接していましたので、教師としてそれなりに信頼してもらっていたと、そう思っていたんですけどね。彼女は、ある日突然姿を消してしまったんです。  美術部に限らず、部活動の基本的な活動時間は18時までで、特別な理由があれば顧問の許可を得て19時まで残ることが許されていました。  彼女が居なくなったその日は、珍しく彼女だけが19時までの活動延長を申し出て来ました。コンクールに出す絵を仕上げてしまいたいという事だったので、下校時には私に声をかけてから帰るように言って、19時までの活動を許可しました。  たぶん、18時半を少し過ぎた頃だったと思います。  他の部活の子供たちや教師も残っているとはいえ、美術室にひとりですからね。時々見回りに行くようにしていたんです。  集中しているところを邪魔してもいけないと思って、とりあえず部室の外から様子をうかがってみました。 「あー、やだなぁ。苦手」  室内から聞こえてきたのは、彼女らしくない声でした。いえ、彼女の声だとは思ったのですが、声量というか、響きと言うか……。 「この絵。髪の毛の所とか特にね。描くのも塗るのも苦手」  それは何と言うか、誰かに話しかけているような、独り言のような、微妙な感じでした。  気になったので、出来るだけ物音を立てないように扉を少しだけ開けて隙間から覗いてみると、彼女はひとりきりでキャンバスに向かっていました。  私はまたそっと扉を閉めました。絵を描いている姿は確認できましたし、彼女の邪魔にならないようにと思って声はかけなかったんです。 「もうちょっとで完成って言うけどさ、ここからもまたけっこう時間も手間もかかるんだよ?」  自分の絵に向かって語りかけるようにひとり言を言ってしまうことって、あるんですよね。自分の中ではひとり言ではないというか、絵と語り合いながら筆を進めているというか……。ですから、彼女の行動についても特に疑問に思うことはありませんでした。  そうですね、ただ思っていたよりも内弁慶なのかなとか、そんな風に感じた程度でしょうか。  ですから、私がその場から立ち去るときに聞こえてきた声にも、特に疑問は持たなかったんです……。 「ねぇ、完成したらご褒美ちょうだい。ご褒美!」  それから、19時を過ぎても帰宅の報告に来ないので部室を見に行くと、そこには完成した絵だけが置いてあって、彼女の姿はありませんでした。報告を忘れて帰ってしまったのかと思って、私も部室の戸締りをして一度は帰宅したのですが、深夜に呼び戻されまして。ええ、彼女のご家族から問い合わせがあったんです。「娘が帰宅していない」と……。  ……。  その後、いくら捜索しても彼女は見つからず、何かの事件に巻き込まれたような痕跡も、本人の意思で失踪したような痕跡もなく、いろいろあって私のところへ話が回ってきたというわけだね。  さて、顧問の先生が聞いた声は、誰の声だったんだろうね?  そして、"ご褒美"とは一体何の事だったんだろうね?  キミはどう思う?

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