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 お猪口ちょこを持つ手が震えているね。そんなに怖いのかい? まあ、ちゃんとメモが取れているならいいよ。  それにしても、お猪口を持つ手が震えているっていうのは……ふふ、まるでアルコール依存症患者のようだね。  ああ、そうだ。アルコールで思い出した。  ……。  僕、ずっと死にたいと思ってた。  学校へ行ったら虐められる。学校へ行かなかったらお父さんに叩かれる。毎日、生きてるのがつらかったよ。どうして生きてるのかなって思いながら、でも死ぬのはすごく怖くて、できなかった。  虐められるのも叩かれるのも、痛いでしょ。でも、死ぬのも痛かったり苦しかったりする方法しか思い浮かばなかったんだ。バカだよね。  その日は帰り道に通る公園のところで、あいつらが待ち伏せしてた。僕に嫌がらせしてたやつら。あいつら頭悪いからさ、でかい声で騒いでて丸わかりなの。そんなの、わざわざ通りたくないじゃん。でも家に帰るには、どうしてもその公園のところを通らなきゃいけなくて。だから、時間潰しに近くの神社へ行ったんだ。  坂道の途中にあるからかなぁ。滅多に人が来なくて、静かで落ち着いてるところがお気に入りだった。境内の裏は特に、参拝者がいてもわざわざ来たりしないから、僕はよくそこにある大きな木の根元に腰かけて、本を読んで過ごしてたんだ。  その日読んでたのは、自殺の方法がたくさん書いてある本だったよ。実はゴミ捨て場で拾ったの。新聞紙とか、参考書とかの束と一緒に捨ててあってね。  読めば読むほど死ぬのが怖くなった。だって死に方と一緒に、その死に方をしたらどんなふうになるのかまで詳しく書いてあるんだ。こんなに苦しくてつらい毎日から逃げたくて死にたいのに、死ぬのも苦しくてつらいなんて酷いよね。そのうえ死んでからも……たとえば苦労して首を吊って苦しんで死んだとして、僕の死体は糞尿を漏らしてぶら下がってるんだよ。そんな姿を誰かに晒さなきゃいけないんだ。あいつらにバレたら、漏らしたってバカにされるかもしれない。死んでまで辱められるなんて嫌だよ。  ひとつひとつ、"自分がその死に方をしたらどうなるか"って考えながら読んだ。毒を飲むならどうやって、どんな毒を手に入れるかまで考えたし、飛び降りるならどこから飛び降りるかを想像した。飛び降りる勇気があるのかとか、飛び降りたあとの僕はどんなふうだろうとか、細かく想像しながら読んでた。嫌だなって思いながら、夢中になって読んでたんだから、変だよね。 「ねぇ、アンタ、死にたいの?」  よっぽど夢中で読んでたんだと思う。誰も居ないと思ってたところに突然声がして、びっくりした。でも、突然頭の上から声がしたら、誰でもびっくりするよね?  最初どこから声がしてるのかよくわからなくて、キョロキョロしてたらもう一回言われた。 「ねぇ、アンタ、死にたいの? 違うの?」  やっと声のする方向がわかって見上げたら、太い木の幹に腰かけてたのは白い服を着た男の子だったと思う。あんまり細かいことは覚えてないんだよね。  びっくりしすぎて何を言われたのか理解するのに時間がかかっちゃって、ちょっとぼーっとしてたら「どっち? ハッキリしなよ」って言われて。気が付いたら思うままに喋ってた。 「ふーん。死にたいけど死にたくないって、結局どっちかわかんないね」  彼はつまらなそうに言って、それから僕の目の前に飛び降りたんだ。ぴょんって、猫みたいに身軽に飛んで、キレイに降り立った。  それから僕の方を見て、やっぱりつまらなそうな顔をしたまま言ったんだ。 「じゃあさ、その命、僕にちょうだいよ。僕、独りなんだ。どうせいつか死ぬんだしさ、今じゃなくてもいいじゃん」  僕はますます何を言われてるのかあんまりよくわからなくなって、でも、「どうせいつか死ぬんだしさ、今じゃなくてもいいじゃん」って言われたことに何だかすごく納得したっていうか。だから、言ったんだ。 「怖かったり、痛かったり、苦しかったり、嫌なことがないならいいよ」  って。そしたら彼は、 「そういうのは、何にもないよ。何にもないんだ。だから、とりあえずちょっとでいいから、僕と一緒に居てよ」  って言った。  それから、結局一週間くらい一緒に居たと思う。三日目くらいまで数えてたけど、面倒になって数えるのやめちゃったから合ってるかわかんないけど。  何をしてたかって?  うーん……別に特別なことは何もしなかったと思うな。教科書が見たいって言われて、ランドセルの中の教科書を全部貸してあげて、その間暇だったからドリルやってた。そのあと、学校ってどんなことをする所なのか聞かれて、先生の事とか、授業の事とか話したっけ。  虐められてる事も話したよ。話しながら、僕は誰かに言いたかったんだなって思った。僕は悪くないよねって。そしたら彼が「呪ってやろうか」って言うから、「お願い」って言ったんだ。呪うくらい、いいでしょ?  あのね、よくわかんないんだけど、絶対何日も一緒に居たと思うのに、どんなことしてたのか、あんまりよく覚えてないのはなんでなのかな。ご飯とか食べた覚えもないし、寝た記憶もないよ。でも、一緒に居たと思う時間のわりには覚えてることが少なくて、すごく変な感じがする。  彼と別れた日の事もよく覚えてない。お酒の匂いがして、僕を呼ぶ声がして……。振り向いたあとの事はたぶん、先生の方がよく知ってると思うんだけど。  ……。  あの頃のキミは可愛かったねぇ。まだ記憶が混濁している中で、僕に促されるまま一生懸命に喋ってくれて。  あのあと、一週間どころか十年も経ってるって知った時のキミの顔ときたら……。あの表情はどう言い表したらいいんだろうね。今でも私は、誰かに上手く伝えらえる気がしないよ。  あ、そうだ。わかっていると思うけど、これはキミのお母様に頼まれたことだからね。当然、自ら首を突っ込んだ話ではないよ。

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