現世奇譚(うつしよきたん)
第壱幕
まずはどの話からしようか。 ふむ。そうだな、行方不明になった青年を探してくれという母親からの依頼の話をしよう。 これは、とある青年の身に起こったことだ。 ……。 『ねぇねぇ、私のこと、好き?』 目が覚めると、可愛い女の子の声が聴こえた。 昨夜CDをかけたまま寝落ちしたことを思い出した。リピートしたままずっと流れていたのだろう。 寝起きから好みの声を聴いて気分がいいので、「キミは?」と答えてみた。 『え? 私はキミのこと……言わない』 寝ている間中、繰り返し聴いていたからだろうか。俺の答えは話の流れに合っていたらしい。面白くなって、続けてみた。 「どうして?」 『だってずるいよ、いつも私にばっかり言わせて。ねぇ、言って? 私のこと、どう思ってるの?』 これは繰り返し聴いていなかったとしても、わかりやすい展開だ。男なら、答えはひとつ。 「好きだよ」 まるで声優にでもなった気分で、自分が思う一番いい声で言った。 「……嬉しい。私もキミのこと、大好き」 バイノーラルというのだったか。臨場感あふれる音声に驚く。さっきまでスピーカーのある位置から聴こえていた声が、急に近くなったように感じたのだ。 「ねぇ」 さらに声は近づいてくる。 「じゃあさ」 耳元、息がかかるほどの距離で彼女の声がする。 「一緒に逝ってくれるよね」 ……。 その朝、なかなか起きてこない青年の部屋に母親が入ると、血にまみれたベッドには、誰もいなかったそうだよ。
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