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『ネコマル』というモンスターがこの世界にいる。    そいつは丸くてふわふわで、身体に対して小さいのに、何故か飛ぶことのできる不思議な翼が生えている。のんびりした顔つきに似合わず、鋭い爪を隠し持っていて、襲いかかる敵を可愛い顔で圧倒する。──そんなネコマルの何よりの特徴は、とても大きくて、とても人懐っこいこと。  人の二倍の高さほどあるそいつは、普段はとてもおとなしい。街の近くに生息しているものは特に顕著で、気を許した人間と戯れることもある。  そう言った経緯もあり、街では昔からグッズが売られていて、定番のぬいぐるみやキーホルダー、バッジにペンダント、はたまた食器やタペストリーまでぬかりがない。    そのネコマルを誰よりもこよなく愛する少女を、オレは知っている。   「セイー! やっほう!」 「チェリー」  人通りの多い街並みの待ち合わせ場所。そこへ、背中にかかる赤毛をリボンでうなじの左側にまとめた少女が駆け寄る。左耳の後ろを通るように結ばれた三つ編みは、先祖代々続く一族のしるしのようなものらしい。  身体のラインが引き締まって見える茶色のコルセット、白いブラウスにサテンの赤いスカート。この街では珍しい服を着ていて、彼女が他の大地から来た民族であることが窺える。彼女の祖父の代からこの街に暮らしているそうで、既に街の人たちはその格好を見慣れてしまっているから、特に気に留める様子もないけれど。 「仕事お疲れ。奥さん元気そう?」 「ありがとー! あのね、赤ちゃんお腹蹴るようになったって」  彼女のバイト先はパン屋さん。奥さんが妊娠しているためより張り切っている姿が目に浮かぶ。 「そ れ で !」  それも大事なんだけど本題にも入りたいとそんな表情をして、突然オレの手を握る。彼女にとっては日常茶飯事なのだけれど、こういうスキンシップだけはどうしても慣れない。顔が真っ赤になっていないかそれだけが心配だ。 「ネコマルだろ?」  気を取り直して尋ねると、瞳をキラキラ輝かせながら、うん、うん、と何度も深く頷くチェリー。 「山の水辺にくつろぎに来てるって噂なの。早く会いに行こう!」  と手を握り直して踵を返した。彼女にひっぱられる形で駆け出す、が、 「て、手は、握らなくていいからっ」 慌てふためいて彼女に訴える。 「あ、ごめんごめん」  振り返って歩みを緩めた彼女が、手をぱっと離してえへへと笑う。  離れた手が少し、いやかなり名残惜しいけれど、とても心臓が持ちそうもない。そんなこともつゆ知らず、無邪気な彼女はオレの隣について歩き始めた。  昼下がりのぽかぽかとした陽気の日だった。    噂通り彼らはいた。水辺の草原でころんとくつろいでいる。  まんまるでふわふわして、太陽の光を浴びてぽかぽかとしていそうなネコマルの大小さまざまな集団は、それはもう、彼女にとって天国に違いなかったのだろう。  目の前の光景を指差しキラッキラとした瞳で、ネコマルとオレを何度も何度も交互に見ている。 「そんなに気になるならもふもふ交渉しにいってきたらいいんじゃないかな」 「うん、うん、そう、そうなんだけど、この光景を眺めてるだけでも幸せっていうか──……。」  確かに。一匹寝ているだけでも可愛いと思うのに、小さな子大きな子、複数匹が寄り添って、たくさんのネコマルがそれぞれ幸せそうに日向ぼっこをしている姿が目の前に広がっているのだ。無理もないような気がとてもしてくる。 「ふかふかーふかふかー」  心の声がだだ漏れの彼女に吹き出しながら、まずはこの光景を眺めようと手頃な木の下に移動しようとすると、 「あれ?」 チェリーが首を傾げて歩みを止める。 「もしかしてあの子……」  以前もこうやって来た日のできごとが思い起こされる。そう、その時も同じことがあって──。 「またひっくり返ってる」  小さなネコマルが一生懸命元に戻そうと、大きなネコマルに身体を押し付けている様子が窺える。  二人で近づいてよく見……なくとも、上下逆転したネコマルの姿がどどーんと視界を覆い尽くす。 「お母さんネコマル、また逆さまなの」  チェリーが困った顔をして母ネコマルと子ネコマルに問いかける。 「にゅー……」  母ネコマルがチェリーの問いかけに応えるように、困ったふうに鳴いた。  どうしてそうなったのか経緯はわからない。だけれど母ネコマルの脇腹にハートのような模様があるので、前と同じ親子ネコマルだということはわかった。 「セイ」  振り返った彼女が言いたいことも承知の上だった。 「わかってる」  オレはポケットから小箱を取り出すと、その中から目的の指輪を一つだけ取り出した。  クリーム色の魔力石があしらわれた指輪。これは、チェリーがある特定の生きものと契約した証で、かいつまんで言うと、これを使って契約した生きものの力を借りることができる代物で──。  今回も前回と同じ、召喚魔法用。  オレは指輪を身につけると心を落ち着かせ、静かに呪文を唱え始める。 「子ネコマル、こっち、これる?」  チェリーが子ネコマルに移動を促す声が、だんだん遠くなる。 「お母さんネコマル、元に戻るから、まっててね」 「にゅーっ」  優しい声をうっすら感じながら、呪文を唱え終えた、と同時に、指輪からあたたかな光が溢れ出て、大きな者の姿を形取る。 「──こんにちは、ゴーレム」  チェリーの声がかかった瞬間、頭の丸いゴーレムが姿を現した。そういえばなぜ、頭が丸いのか以前問うた時、川を流れてきた岩でできたゴーレムだからだと、彼女は言っていた。  彼女は生きものと契約する時に作り出す魔力石をあしらって、装備した者が特別な魔法を使ったり耐性をつけたり、時折召喚が可能な装飾品を作り上げることができる。しかし、彼女自身は自分で作り上げた装飾品をはじめ、人々がある一定度扱える魔法という魔法を、一切使うことができない。だからこうして自分が代わりに召喚魔法を使ったり、旅に出る時はできるだけ一緒に出かけたりと、彼女のフォローをしている。厳密には一緒に仕事をしているのだが、脱線がすぎるのでまたの機会にと思う。  頭を切り替え、やさしそうなゴーレムの顔を見上げる。 「頼む。この前みたいに、その母ネコマルを元に戻してくれないか?」  ゴーレムはゆっくりと頷くと、母ネコマルにそっと手を添える。自分の方にゆっくりゆっくりと転がして、静かな静かな着地を成功させる。  途端、チェリーの元を飛び出して来た子ネコマルが、嬉しそうに母親と顔をすり合わせている。 「ありがとうゴーレム、戻って大丈夫だぞ」 「ゴーレム、ありがとう!」  オレとチェリーが声をかけるとにこりと微笑み、ゴーレムはまたあたたかな光に変わり、ふんわりと指輪の中へ吸い込まれていった。  ゴーレムも一緒に日向ぼっこができればいいけれど、召喚魔法は魔力消費量が著しく激しい。オレが倒れてしまってはチェリーが楽しみにしていた機会を台無しにしてしまうから、名残惜しくなりながらも指輪に戻ってもらった。 「にゅー!」  不意に、ズボンを何者かに引っ張られたので、驚いてその正体を確認する。なんのことはない、先程助けた母ネコマルの子ネコマルだった。 「なんだなんだ?」  オレが気づいたのを察して、子ネコマルはついてこいと言うように歩みを始めた。その先には、母ネコマルの姿。  ころん、と、子ネコマルは母ネコマルのお腹を枕に寝転ぶ。どうやら今回はありがたいことに、昼寝に誘われているらしい。 「わー、いいな、私もいいですか?」  とてもとても羨ましそうに母ネコマルに尋ねるチェリー。母ネコマルの表情が和らぎ、どうやら許可が降りたらしい。彼女は先程の何倍も瞳をキラッキラさせて、こちらをみている。 「わかった、わかったから」  とてもふわふわしていそうな母ネコマルに二人して身を寄せる。今回初めてネコマルに身体を預けてみるけれど、予想以上のふわふわとした長い毛並みに、上半身丸ごと埋まりそうだと思った。お日様のあたたかさとネコマルの体温がぬくくて、子ネコマルはもう眠ってしまっているようだ。隣のチェリーはというと、至福の極みというような雰囲気で、自分もいつかそんな顔をさせてみたい、と思うほど幸せそうな表情で埋もれている。なんだか悔しい。  空を見上げると雲がゆっくりと流れていて、気がつけば母ネコマルもチェリーもぐっすり眠っているようだった。  自分もそっと目を閉じてみる。  生きもののぬくもりと太陽のあたたかさはまるで深い深い眠りに誘なうよう。    ──そうして二匹と二人で心ゆくまで昼寝を満喫し、親子ネコマルお礼を告げ、帰路についた。 「満足できた?」 「うん、それはもう幸せだったわ!」  そうして彼女は夕陽に彩られた森の中を駆け出すと、 「一緒に来てくれてありがとう、セイ」 振り返って可愛らしい笑顔を浮かべた。  流石に不意打ちだろう! と、顔に手を当てて悶絶する。多分今、自分の顔色は夕陽以上に真っ赤だ。 「あれ? だいじょぶー? おーい、セイー?」 「なん、でもない。気にしないで」 「ふーん?」  チェリーは小首を傾げ、少し前を歩きだした。オレの気持ちは全くわかってないだろうけれど、何か普通と違うと感じた時は、そうしてくれる彼女が愛おしい。  平気になったらまた隣を歩こう。一緒に家へ帰ろう。  深呼吸して、一番星の輝く夕暮れの空を見上げた。 おわり

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