イマジナル・ファシリティー
「勇者よ、よくぞ参られた」

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そう言うと、軽く会釈をしてみせた。 俺も釣られて頭を下げた。 だが、頭は混乱していた。 なぜ、あの天下の大画家がこんなところにいるのだろう? いや、 「それよりも、どうしてあなたがここにいるんですか!?」 俺が尋ねると、彼は困ったような表情を浮かべた。 「実は、ある人物を追ってここまで来たのですが、道に迷ってしまって……」 それを聞いて納得した。 たしかに、ここは迷路のように入り組んでいて複雑だ。 初めて訪れた者なら、すぐに迷子になってしまうだろう。 しかも、今は夜だし視界も悪くなっているはずだから尚更である。 まあ、それはいいのだが……。 「……その人物というのは誰ですか?」 気になって尋ねてみたところ、意外な答えが返ってきた。 「それが、まだわからないのです」 「えっ!?どういうことですか??」 驚いて聞き返すと、ガラッと障子があいた。 そして「控えおろう。 えーい図が高い。 」 「え?ちょっと待ってください。 なんで時代劇風なんですか?」 思わずツッコんでしまった俺を無視して、彼女は話を続けた。 「妾は将軍ぞ!!」 「だからどうしたってんだよ!つーか、自分で『さま』とかつけちゃってるし!」 あまりのくだらなさに脱力していると、再び襖が開かれた。 そこには先程の少女が正座をして座っていた。 少女は俺の方を見ると、深々と頭を下げた。 「先ほどは私の命を救っていただきありがとうございました」 そう言って微笑む姿は可憐で美しかった。 その姿を見ていると何だか照れ臭くなってきてしまい、顔を背けてしまった。 すると今度は背後から声が聞こえてきた。 「そなたのおかげで助かったわぃ」 その声に振り向くと、 「礼を言うぞ小僧」 と、満面の笑みを浮かべている爺さんがいた。 その姿を見てギョッとしてしまった。 何故なら、爺さんの頭には大きなたんこぶがあったからだ。 よく見ると全身傷だらけでボロボロだった。 (一体どんな目にあったらこうなるんだ……?) 疑問に思ったが、とりあえず気にしないことにして少女の方に向き直ると、彼女は微笑みながら俺に尋ねてきた。 「あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」 そう言われて戸惑ったものの、答えないわけにもいかなかったので素直に答えることにした。 「俺は……悠斗です」 「そうですか。 では改めまして、助けていただいて本当にありがとうございます」 「いいえ滅相もない」 「そんなことをおっしゃらず。 どうか謝礼をお受け取りください。 この魔界の半分を差し上げます。 どうかお引き取りを」 こうして江戸の異世界を魔王と俺で折半することになった。 「しかし、どうやって半分に分けようか?」 頭を悩ませていると、どこからか声が聞こえたような気がした。 「……ん……さん……」 最初は気のせいかとも思ったのだが、どうやらそうではないらしい。 辺りを見回すと、声の主はすぐに見つかった。 そこにいたのは、先程助けたばかりの少女だった。 どうやら怪我のせいでうまく動けないようだ。 仕方なく近づいてみると、彼女は弱々しい声で言った。 「お願いします……私を殺してください……」 その言葉に思わず耳を疑った。 しかし、少女の表情を見る限り冗談ではないようだった。 なので理由を聞いてみることにした。 「どうして死にたいんだい?」 すると彼女はゆっくりと語り始めた。 「私は元々この世界の人間ではありません。 私は別の世界からやってきたんです」 「別世界の人間だと……?」 予想外の返答に戸惑いながらも先を促すことにした。 「はい。 私は元の世界で死んでしまいました。 そして気がつくとこの世界にいたのです」 なるほどそういうことだったのか……。 ようやく納得がいった。 すると今度は彼女が質問してきた。 「あなたはどうしてここに来たのですか?」 その問いにどう答えたものか迷ったが正直に話すことにした。 「信じてもらえないかもしれないが聞いてくれるか?」 「ええ、もちろんです」 彼女の返事を聞いて安心した俺は、これまでの経緯を全て話したのだった。 話し終える頃にはすっかり日が昇り始めていた。 その強烈な太陽光は魔族を清め焼き払い始めた。 「ギャッ」 少女は一瞬にして灰になった。 田沼意次や他の侍たちも次々に燃え上がり白骨化していく。 やがて屋敷に火がついた。 「そうか。 そういうことだったのか! 図ったな明智光秀ぇー。 フゥーハハハ」 俺は狂ったように笑い続けた。 そして焼け崩れる本能寺から逃げようともせず敦盛を舞ったのだった。 人間五十年、魔族は千年、化天のうちに比ぶれば無限の如くなり。 「ふははは、これで信長様の夢も叶うというものだぁーーー」 だが、次の瞬間、何者かによって背中を切りつけられたのである。 振り返るとそこには一人の男が立っていた。 その男は鋭い眼光を放ちながらこちらを睨みつけていた。 その男こそが織田信長だったのだが、この時の俺には知る由もなかったのである。 なぜならその時既に意識を失っていたからである。 薄れゆく意識の中で最後に聞いたのは男の叫び声であった。 「うおおおぉぉぉぉーーーーっ!!」 目を覚ますとそこは病院の一室のようだった。 起き上がろうとすると全身に激痛が走ったので、そのまま横になっていることにした。 しばらくすると看護師がやってきて簡単な検査を受けた後、どうやら脊柱管狭窄症の痛み止めにもらったロキソニン錠の副作用で幻覚がでたらしい。 「それにしても恐ろしい夢を見たものだ」 そう呟いていると医者がやってきたので症状について尋ねたところ、幸いにも軽度のものであったので一週間ほど入院すれば完治する見込みがあるということだったのでほっとしたのだが、そこでふと気になることがあったので聞いてみたところ驚くべき事実が発覚したのである。 なんと昨日俺が受けた手術には麻酔が施されていなかったというのだ。 つまりあの悪夢のような出来事は全て現実だったのである。 それを知った瞬間、俺は愕然としたと同時に激しい怒りを覚えた。 何故ならばあの忌まわしき事件がなければ今頃俺は大手を振って天下統一に向けて邁進していたはずなのだから当然である。 そのため俺はすぐさま復讐を決意するに至ったわけなのだが、ここで問題が一つあった。 俺は脳だけになって水槽に浮かんでいる状態なのだ。 「くそっどうすれば良いのだ!?」 そんなことを考えているうちに時間だけが過ぎていき、とうとう日が暮れてしまったため今日は諦めて寝ることにしたのだが、なかなか眠れないまま朝を迎えてしまった。 そして翌朝になっても状況は変わらなかったため仕方なく他の方法を模索することにしたわけだが、いくら考えても答えは見つからなかった。 そんな時である突然目の前に神々しい光を放つ球体が現れたかと思うとそこから声が発せられたのである。 「勇者よ、よくぞ参られた」 その声は明らかに目の前の物体から発せられていたのであるが、あまりにも非現実的な光景であったため思わず自分の目を疑ってしまったほどだった。 そしてしばらく呆然としていたが我に帰ると慌てて問いかけた。 「お前は何者だ?」 「医者です。 さぁあっちの食堂で入所者のみなさんと一緒にレクレーションをしましょう」 「いや違うだろ!!絶対お前医者じゃないよね?ていうかそもそもここ精神科病棟じゃねーし!」 「何を言っているんですか?ここは紛れもなく精神病患者のいる隔離病棟ですよ」 そう言って彼はにっこりと微笑んだ。 それを見て俺は確信した。 間違いないこいつは狂っているのだと……。 だがそれでも一応念のため確認してみることにした。 「ちなみに聞くけどここは何処なんだ?」 すると彼は少し考える素振りを見せた後こう答えた。 「ここは東京都墨田区にある総合病院ですが何かご不満でも?」 それを聞いて俺は絶望した。 何故なら俺の記憶では確かに千葉県船橋市の病院で手術を受けたはずなのである。 いや栃木県宇都宮市の内科か?うわーっ。 もうおしまいだあ。 おわり。

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