イマジナル・ファシリティー
瀬戸内海の奥地に豪血せとものピアという謎のプラントが存在する

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「おい、貴様何をしている?」 突如現れた男に声をかけられた男は驚いて振り返った。 見るとそこには黒いマントに身を包んだ男が佇んでいた。 年齢は二十代前半といったところだろうか。 顔立ちは非常に整っており、まるでモデルのようだと思った。 (誰だこいつ?) そう思ったものの、すぐに思い出した。 そうだ、確かこの男は自分が連れてきた患者ではないか?ということはこいつが例の精神科医なのだろうと思い至った男は彼に声をかけた。 「ああ先生でしたか。 ちょうど良かった実は今先生の話をしていたんですよ」 「ほう私の話ですか」 「ええそうですとも実は先生が連れて来たという患者さんのことなのですがね……」 そこまで言いかけたところで男の動きがピタリと止まった。 瀬戸内海の奥地に豪血せとものピアという謎のプラントが存在する。 そこでは会員制のフリーズドライささみ工場があって興味がそそられる。 ただし入会は十五年待ちで特殊な招待状が無いと申し込めないという。 SNSに漏れ伝わる話ではささみは得も言われぬほど極上の味でしかも安価だというから一口噛って見たいものだ。 しかし私はこの奇怪な植物を眺める代りにある人の話を記憶の底から引き出した。 その人は私の友人であった時分に「私の郷里では毎年七月一日の晩になると夜店の屋台が出る」と言ったことがある。 その時彼は「もっともそれは私の知っている限りで、まだ一度も出たことがない。 今度出たら君にも知らせようと思う」と言った。 あれから何年経っただろう? 彼の消息はまだわからない。 私は彼が故郷に帰ったものと信じている。 そして今日、私が見たあのささみの山! 夢か幻かそれとも本当にあったことなのか。 とにかくあのささみの群れだけは事実だ。 それが証拠には私自身いまこうしてささみのことを考えているではないか。 私はあの奇妙なささみの山について考えた。 もしあそこに人がいるとすれば彼らはどこから来たのか。 また何をしているのか。 どうしてあんな所に住みついたのか。 そして彼らが毎日食べているのはどんなささみなのか。 そんなことを想像しながら眠りについた。 すると不思議なことに私は夢を見た。 いやこれはむしろ回想と呼ぶべきかもしれない。 ある晴れた朝のことだった。 私はいつものように仕事場に出て机に向かった。 窓の外は一面の海である。 青い空の下に水平線が見える。 風はなく海鳥の声だけが聞える。 静かな朝の情景だった。 その時突然ドアが開いた。 一人の男が部屋に入って来た。 背の高い痩せぎすの男だった。 年齢は二十歳前後であろう。 髪を短く刈り込み浅黒い顔色をしていた。 灰色の眼が大きく輝いている。 男は手に紙包みを持っていた。 「おはようございます」とその青年は言った。 よく通る声だった。 「失礼ですがあなたが陸人・手塚堂さんですか?」 私はうなずいた。 「ああよかった!」と相手は大きな声で言いながら部屋の中を見まわした。 「ここでいいんだね。 さっき地図を調べたらここが一番近いみたいだから……でもちょっと遠いかな」 それから彼は私の前に立ったまま包みを開いた。 中には何か大きなものが入っていて、それを床の上に広げた。 布製のカバーのようなものがついた機械装置だった。 その機械装置はいくつかの部品に分かれていてそれぞれが複雑な形状をした金属の箱に入っていた。 それらのパーツはどれも小型だが精密なものばかりである。 私はしばらくのあいだそれらに見入ったあとで訊ねてみた。 「これは何だい?」 「ラジオ受信器だよ」と青年は答えた。 しかしどう見てもそれらは金属製というより肉片である。 少なくとも私にはそう見えた。 しかもそれらがアンテナのような突起物もなく空中に浮かんでいる様は何とも不気味だった。 「ラジオ受信器だって? これがかい?」 「そうだよ。 これを使えば世界じゅうどこでも聞けるんだぜ」 「どこへ行けば買えるのかね?」 「どこにでもあるさ。 ただ売っている場所は限られてるけど」 「君はこれをいくつ持っている?」 「売るほどさ。 何なら在庫を見ていくかい?」 嫌だというのに彼は無理やり倉庫に案内した。 馬蹄形のトンネルで人がちょうどかがんで通れる高さだ。 彼は先頭に立って手招きする。 私は恐る恐る首を突っ込んで1秒で逃げ出した。 ラックに頭がい骨が並んでいた。 そこで目が覚めた。 時計を見ると午前三時だった。 夢の中の出来事にしてはあまりによくできていた。 第一こんなものをどうやって手に入れたらよいのかわからないし、それに何よりもあれだけの大きさのものが空を飛ぶはずがない。 しかし現に目の前にあったのだ。 もちろん夢の話など誰にも信じてもらえない。 私は一人で考え続けた。 もしかするとあの青年は現実に存在するのではないか? 何らかの方法であのささみの山まで行ったのだろう。 私は仕事もそっちのけで検索した。 まず、夢判断だ。 普段はオカルトを信じないたちだが見た夢の内容が内容だけにアクロバティックな手段も視野に入れている。 それに夢判断は深層心理学の裏付けがある。 それでさっき見た悪夢を整理してキーワードを列挙する。 ・馬蹄形トンネル・頭蓋骨・肉片・ささみ・海・夜店・白身・夜店、以上だ。 一つ目はトンネルだ。 心理学によると未来の展望を暗喩しているというが、さっきのトンネルは行き止まりだった。 倉庫に使われている。 そして頭がい骨を地面に置く行為は反道徳を意味するという。 当たり前だ。 丁重に葬られるべきだろう。 それが積み重ねてある。 したがって夢を総合的に解釈すると、こうだ。 不道徳の貯蔵庫が私の前途を塞いでいるのだ。 次にラジオ部品だ。 解釈によればラジオは無意識からのメッセージを象徴するという。 そして最も問題なのが部品というキーワードだ。 部品は組み立てられるのを待っている。 つまり計画性の象徴。 そして、部品を買うという行為は準備の着手。 最後に私は嫌だというのに無理やり手招きされた。 ということはまとめるとこういうことだ。 どこかで何かとんでもない組織犯罪が計画され、すでに着手済み。 それも広範囲にわたる大規模なもので(部品は多くの人出がかかる。 そしてパーツはユニット単位でラジオの部分部分を構成する) 「こ、これは…悪夢というにはあまりにも写実的だ。 そして、正夢だとしたら私も否応なく巻き込まれるということか」 私は身震いした。 この児童文学者こと陸人・手塚堂が犯罪組織にとってどんな利用価値があるというのだ。 私は東北の小さな漁村に生まれた。 幼少から病弱だったため、漁師の跡目を継ぐ候補からは外されていた。 実家は弟が継いだ。 私は親戚をたらい回しされ最後に両親の離婚調停が成立した時点で孤児院に入れられた。 親は二人とも私の親権を放棄した。 そして私は苦学を重ねて地元の大学を卒業してようやく小さな出版社に就職できた。 観光客向けのガイドブックを作りながら仕事の合間に執筆している。 受賞歴も出版経歴も未だにゼロ。 さっさと都会に出て言ったあいつとは雲泥だ。 そういえば思い出した。 豪血セモノピアの記事を依頼されたことがある。 気持ち悪いので編集長が没にしてくれたがもし企画が通っていたらまた人生も違っていたのだろうか。 「とにかく、情報を集めなくては」 私は、図書館や書店に駆け込んだ。 そこで豪血セモノピアの関連書籍を探したが見当たらない。 インターネットで検索しても出てこない。 それどころか、関連する情報が見つからない。 まるで、誰かに消されてしまったように。 「そんな馬鹿な」 私は唖然とした。 無いわけがない。 それならば出版社勤務の強みを活かす。 取次店や出版流通会社を当たって発注書や販売履歴を調べればいい。 絶版本まで調査範囲を広げてみれば一冊ぐらい引っかかるだろう。 私は、それらの本の出版元に電話したり、直接出向いたりしたが収穫はなかった。 「おかしい。 絶対に何かあるはずだ」 私は必死になって探し回った。 「この辺でいいのかな」 青年は、立ち止まった。 「ここでいいんだよな」 彼はあたりを見回しながら言った。 「そうだよ。 ここでいいんだ」 私はうなずいた。 ここは滋賀県の琵琶湖の湖岸である。 周囲には人影もない。 「ここが君の言う場所なのか?」 「ああ、間違いない」 「しかし、ここには何も無いぞ」 「いや、あるさ」 「どこに?」 「それは言えない」 「何故だ?」 「理由がいろいろあるんだ。 まあ、気にしないでくれ」 「わかった」 私は、納得はしなかったがそれ以上追及はしなかった。 「それより、これが見えるかい?」「何がだい?」 私は、彼の指差す方向を見た。 そこには、何か大きなものが浮いていた。 「これは?」 「何に見える?」 「何というか……肉塊?」 「そうだね」 「君はこれをどうしたい?」 「食べる」 「君はこれを食べられるのか?」 「ああ、食べれる。 しかし、まだ調理はしていない。 これから調理する。 その前にあなたにも手伝って欲しい」 「どういうことだい?」 「私は、これを食べる。 しかし、あなたは、これを食べてはいけない」 「どうして?」 「理由は、たくさんある。 たとえば私が全部食べてから、その権利はあなたに移動する。 そういう風にするべきだと思うんだ」「なんだかよくわからんな」 「そのうちに、理解できるようになる。 今はそれだけ知っていてほしい」「ふーん」 「ところで、君はここに来てどれくらいだい?」 「今日が初めてだが、どうしたらいいのかな」 「さっきも言ったけど、この肉片を持って、家に帰ってくれ。 そして冷蔵庫に入れれば大丈夫だから」 「本当に?」 「約束しよう」 「どうやって?」 「それを説明する前に一つ頼みたいことがある」 「なんだい?」「このことは秘密にしておいてくれないかな」 「誰に?」 「家族でも友人でも誰でもいいんだが……」 青年は口ごもった。 「よくわかんないが……とりあえず、分かった」 その時である!青年の顔色が変わった。 「まずいな。 時間がない」と青年は不吉な言葉を言い出した。 「あなたを巻き込みたくないのだが、どうしたものだろう。 あなたはこの肉を持ち帰り、そしてそれを誰にも見せないように、そしてあなたの部屋の隅にでも置いてほしい」 「ちょっと待て、俺だけ逃げるのか」 「そうじゃない。 あなたには生きていて欲しい」 「何を言っているんだ!」 私は叫んだ。 「説明が難しいが、あなたに危害を加えるようなことはないから」 「何を言っている!」私は再度叫んだ。 「それに私はここで死ぬのは嫌だ」と言った時、私に異変が起きた。 身体中の力が抜けた。 全身の血液が急速に冷たくなった気がした。 「な、何を!」と私が叫ぶと彼は、微笑んだ。 私の意識が遠のく中彼は言った。 「すまなかったな。 私はもうすぐ行かなければならない。 それともう一つ言っておくことがある。 この世界の真実についてだが、私はこの世界で起きること全てを体験して来た。 だが、あなたは何も知らないほうがいい。 知るべきではないからだ。 私はもうそろそろ行かないとならないようだ。 さあ行きなさい」 私はその声を聞きながら、自分の身体が、氷のように固まっていくのを感じた。 私の視界が暗くなっていく中彼は言った。 「私は、また、会うことになる」 その声が消える頃私の意識は完全に途切れた。 私は目が覚めた。 私はベッドの上で寝ていた。 夢を見ていたのか。 しかし妙に生々しい感覚が残っていて私は気分が悪かった。 しかし何を見たのか思い出せなかった。 夢の記憶などそんなものである。 しかし不思議なことが二つあった。 あの巨大な白いものを持った男の人は誰なのだろう。 それに私は何故図書館にいたのだろう?それも図書館の机に座って本を読んでいた。 本は読んだ覚えがないのに?あれは何だったのだろうか?そしてもう一つの奇妙な出来事として私は見知らぬ男と話していたことを覚えている。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません