零れた欠片が埋まる時
第34話 真実の一端④

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「……凄い! お兄ちゃんって昔から色々超人じみていた所があったけど、最近益々超能力者みたいね!?」  そこで清人の言葉を疑いもせず、無邪気に褒め称える清香を見て、他の人間は激しく脱力した。 (信じるんだ……。いや、素直なのは美点だと思うけど……)  清香のブラコンぶりを再認識した面々が、何とも言えずに黙り込んでいると、それに気付いた清香が不思議そうな顔になる。 「あれ? 皆、どうかしたの?」 「いや、何でもないから」  そこで慌てて取り繕った浩一の台詞に合わせて清人が立ち上がり、何事も無かったかの様に歩き出しながら清香に告げた。 「じゃあ俺達は部屋に戻って食事を続けてくるが、食べ終わったら一緒に帰るぞ」 「え? でも……」  思わず清香は聡に顔を向けたが、聡は穏やかに笑って了承した。 「俺の事は気にしないで。先生と一緒に帰って良いよ」 「……はい」  申し訳なさそうに答えながらも、頷いた清香に背を向けて清人達はその部屋を後にし、その後は比較的平穏に食事を済ませた。聡は会話が筒抜けの状態の場所で、これ以上突っ込んだ話などはしたく無かったし、清人達も自分達の存在がバレた以上、あまり騒ぎを大きくしたくない浩一達が、清人を必死に宥めていた為である。  そして部屋を出た所で待ち構えていた清香を、清人は半ば強引に確保し、予め呼んでおいたタクシーに一緒に乗せた。 「今日はご馳走様でした。おやすみなさい」 「ああ、おやすみ。先生もお疲れ様です」 「……ああ。出して下さい」  聡が開けた窓越しに清香と別れの挨拶をし、清人にチクリと嫌味を放つと、二人を乗せたタクシーは料亭の門の前から走り去って行った。それを角を曲がるまで見送ってから、聡は背後に黙って佇んでいた面々に、幾分冷たい視線を向ける。  「最初から聞いていましたよね。どうやったんですか?」 「それは……、企業秘密?」 「失礼します」  車を途中で置いて来た聡は、へらっと笑って誤魔化した正彦の横を通り抜け、表の通りに出てタクシーを拾おうと歩き出した。しかしここで腕を組んでいた友之が、楽しそうに声をかけてくる。 「お気遣い、どうも」 「何がです?」 「うちの不良中年や老人達のフォローを、してくれただろ?」  思わず足を止めた聡は、それを聞いて僅かに不愉快そうに眉を寄せた。 「別に……、あなた達の身内を庇うつもりで、あんな話をした訳じゃありません。清香さんが本当の事を知った時、必要以上に過剰に反応して欲しく無いからです。懐いてるおじさん達が、実は今まで嫌い抜いていた人物と同一人物だったなんて知ったら、相当ショックを受けそうじゃないですか?」 「確かにそうだろうな」  指摘されて頷いた友之に、聡が些か疲れた様に語る。 「それに……、明日は兄は一緒に行かないそうですし。あの人が居ればどんな状況に陥っても、清香さんを丸め込める筈ですが。現に今日だって“ああ”でしたし」 「確かに」 「もう殆ど刷り込みに近いよな。『お兄ちゃんは悪くない、間違わない』って言う、絶大なる信頼っぷり」  そこで思わず笑いを零した友之の横で、正彦が相槌を打った。それを見た聡が、僅かに顔をしかめて二人を見返す。 「それなのに未だにその兄を排除する、柏木氏の神経を疑います」  それに正彦が軽く目を見開き、意外そうに問い掛けた。 「……へえ? これまで散々嫌がらせされているのに、清人さんの肩を持つんだ?」 「総一郎氏にとっては、愛娘を奪った憎い男の息子である事は確かですが、今では清香さんの唯一人の家族です。清香さんの為にもきちんと認めてあげて欲しいと思うのは、そんなにおかしい事ですか?」  小さく肩を竦めて淡々と語る聡に、友之が笑いを堪える表情で応じる。 「聡君は、実は隠れお兄さん思いの、苦労性だったんだ。知らなかったよ」 「正直……、この四ヶ月で、それ以前の人生までと同じ位の気苦労をしている実感はありますね」 「それは大変だな」  心の底からの呟きを茶化す様に言い返され、聡は幾分険しい目で友之を睨んだ。それを受けて、友之が肩を竦めつつ弁解する。 「そう睨まないでくれるかな。爺さん達だって、好き好んで事を荒立てたくは無い筈だ」 「年寄り連中は、取り敢えず打ち明ける事だけで、テンパってる状態だろうしな。変な事にならない様に、俺達がフォローするよ」 「清人の事も、そのうちきちんとさせるから。それに関しては心配しなくて良いよ。それより、自分の事を心配した方が良くないかな?」  正彦と浩一にも続けざまに言い聞かされて、聡は憮然として頷いた。 「……分かっています」  そして僅かの間考え込んでから、その場で車を待ちながら雑談を始めた三人に声をかけた。 「ところで……、その明日の集まりっていうのは、何時から何時まで予定されているんですか?」  その問い掛けに、正彦が包み隠さず答える。 「えっと……、昼食を食べてお茶を飲みつつ歓談って流れだから、午後の一時から五時位までの予定になっているが。それがどうかしたのか?」 「いえ、清香さんに聞きそびれたので、何となく聞いてみただけです」 「そうか?」  そんな会話をしているうちに、そこの門前に柏木家所有のロールスロイスが静かに滑り込んで来た。 「じゃあお疲れ様」 「俺達も帰るから」 「今日は色々悪かったね」  浩一達が口々に微妙な表情と口調で挨拶をしてきた為、聡も一応、社交辞令の範囲内での返事をした。 「いえ、失礼します」  そうして三人が乗り込んだ車が走り去って行くのを見送りながら、聡は静かに誰に言うとも無く呟いた。 「それなら、明日だったら邪魔が入らず、心おきなく話ができそうだな……」  そうして何やら決意した聡は、今度こそ大通りに向かって足を踏み出して行った。

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