零れた欠片が埋まる時
第34話 真実の一端②

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「それほど毛嫌いしている人の事を、好き好んで口にしたいと思う? きっと存在すら、自分の中から抹消すると思うな。嫌いだって言っている事自体、気にしている証拠じゃないか?」 「……そんなものでしょうか? 聡さんはどうしてそう思うんですか?」 「偶々似た様なケースを知ってるから、かな?」 (まさか兄さんの事だなんて、今の段階では口が裂けても言えないが)  穏やかに言い聞かせる様に言われて、清香は疑わしげな視線を向けたものの、どこか困った表情の聡を見て、頭から否定はしなかった。すると聡が、幾分恐縮気味に問いかける。 「失礼な事を言ってしまうかもしれないけど、清香さんのお母さんって、結構気が強くて負けず嫌いな所が無かった?」 「それは全面的に認めます」 「それでお母さんが自分の身内の仕打ちに憤慨してても、お父さんと先生が何も文句を言わないから、自分だけは許しちゃ駄目だと自分自身に言い聞かせてたんじゃないかって、話を聞いてて思ったんだ。振り上げた拳の下ろしどころが分からない、みたいな」  素直に即答した清香に聡が慎重に意見を述べると、清香は思わず声を荒げて噛み付いた。 「じゃあ聡さんは、お父さんとお兄ちゃんが悪いって言うんですか?」 「そうは言っていない。ただ二人とも、お母さんが清香さんに文句を言うのを、あまり良く思って無かったんだよね。それはいつかはお母さんと実家の間が上手くいくようにって、願っていたからじゃないかと」 「……本当に、そんな風に思ってます?」 「ああ。だからお母さんから散々恨み事を吹き込まれていた清香さんが、腹を立てているのは分かるけど、君が生まれる前の話だし。頭から最低の人間だなんて決めつけないで、一度本当にお母さんが実家の人達を心底恨んでいたのか、どうしてこれまで没交渉だったのかを、少し考えて欲しいなと思って」  聡はそこまで言って、黙って清香の反応を待ったが、清香も不機嫌そうに聡の顔を真正面から睨んだまま、黙り込んでしまった為、室内に重苦しい沈黙が満ちた。そしてそのまま一分程経過してから、清香が溜息を吐き出して、面白く無さそうに告げる。 「どうして聡さんは、母の親族の話題なんか持ち出すんですか?」  そのごく真っ当な問いかけに、聡は冷や汗を流しつつ弁解じみた台詞を口にした。 「それは……、世の中、いつどんな時に、何が起こるか分からないから。ちょっと物の見方を柔軟にしておいた方が、対処の幅も広がるだろうと思って……」 「すみません、もう少し分かりやすくお願いします」 「だから、つまり……、例えば偶々道で出会った人が、お母さんが散々悪口を言っていた人だったと分かったとしても、問答無用で殴りかかったら、悪く言われるのは清香さんの方だし……」 「私、そんなに乱暴者に見えますか?」 「いや、今のはあくまで物の例えで」 (これ以上、何をどう言えば良いんだ? まさか明日、そのお母さんの実家の面々と顔合わせする筈だよ、なんて言えるわけないし)  自分でも支離滅裂な話になってきていると思ったものの、目を細めて睨みつけて来た清香に、益々どう話を進めたら良いか分からず、聡の中で焦りばかりが先行していたその時、清香がふっと目許を緩ませてクスクスと笑い出した。 「怒っていませんよ、聡さん。そんなにビクビクしないで下さい。何だか、私が苛めているみたいじゃないですか」 「そう? そう言って貰えると、気が楽だけど」  辛うじて笑顔を浮かべた聡に、清香は小さく頷いてからきっぱりと断言した。 「分かりました。聡さんがそこまで言うのなら、これからもし万が一、そういう人達と出くわす事があっても、その人達の事を頭ごなしに決めつけないで、冷静に今の状態を見詰め直してみる事にします」  そこで漸く、聡は安堵のため息を吐いた。 「そうしてくれると嬉しいな。なるべく清香さんに、嫌な思いをさせたくないし」  しかしそこで清香が、どこか悪戯っぽい笑いを浮かべながら念を押してくる。 「でも、実際目にした時に気に入らない相手だったら、叩きのめしても構いませんよね?」 「ま、まあ、そこまでは、俺も強制するつもりはないから……」 「ですよね」  そう言って再び小さく笑いだした清香に、聡は疲れた様に溜息を吐いた。その聡を見ながら、清香が笑いを収めてしみじみと言い出した。 「でも聡さんって、やっぱり普通の人とは違いますよね?」 「え? どこが、かな?」  結構神経を擦り減らす話題の後に、まだ何か不審な所があったのかと身構えた聡だったが、清香は平然と話を続けた。 「だって、お母さんと再婚する時にお父さんとお兄ちゃんがされた事をこれまで話した相手は、全員『それは酷い』とか『あんまりだよね』って怒ってくれたけど、聡さんの様に『実はお母さんは実家の人達をそんなに嫌って無かったんじゃないか』なんていう人は皆無だったもの」 「確かに、一般的にはそう思い難いかもしれないね」 (だけど、関係を明らかにしていないにしても、兄とか甥姪を家に入れて清香さんに近付けていたあたり、そうだと思うんだが)  自分の考えを再認識していた聡に、清香の感心しきった声がかけられた。   「やっぱり聡さんって、私なんかよりずっと大人で、素敵だと思います」  そういってにこやかに笑いかけられた聡は、先程までの緊張感から一気に解放され、つい軽口を叩いた。 「そう? それは嬉しいな。それなら聞くけど、先生と俺だとどちらの方が格好良いと思う?」 「え、ええ? そ、そんな事、急に言われても!」  途端に頬を僅かに染めつつ、視線を彷徨わせて狼狽する清香を見て、聡はついからかってしまった。 「こらこら、ここは迷わず『聡さんの方が』って言う所じゃないのかな?」 「そ、それはそうかもしれませんけど! 生憎言いなれてないんですっ!」 「じゃあ、この際、自然に言える様にしてあげようか?」 「してあげようかって、一体何を………………っ! きゃあぁぁっ!!」  そこでそわそわと視線を左右に動かしていた清香が、自分の右肩口から腕にかけての部位に視線を向けたと思ったら、いきなり悲鳴を上げて座ったまま後ずさりし、背後の壁に背中を押しつけるようにして真っ青な顔で固まった。それに流石に驚いた聡が立ち上がり、座卓を回って清香に近付きつつ声をかけてみる。  「清香さん?」 「く、首っ……」  清香の肩から首にかけてゆっくりと移動している小さな蜘蛛を見た聡は、それから顔を背けつつ涙目になりながら言葉少なめに訴えてきた清香に、思わず笑いを誘われた。 (こんな小さな蜘蛛が駄目とは、意外だけど可愛いな)  そんな事を考えつつ、聡はポケットティシュを取り出し、そこから一枚引き出しながら尋ねた。

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