「門外漢ですけど、画期的な素材の開発過程を見ると、そこに至るまでが凄いのが分かりますね」 「うん、やはり日本は技術立国なんだから、こういう最先端の技術をどんどん官民協力して開発活用していかないと」 「やあ、清香ちゃん。こんにちは」 「友之さん、どうして?」 突然背後から肩を叩かれた清香は話を止めて振り向き、聡もそれに倣った。すると聡に向かって一瞬薄笑いを浮かべた三十前後の男が、清香に対して爽やかな笑顔を向ける。 「どうしてって…、酷いな。学部は違うけど、俺がここの工学部卒だって忘れた?」 「そうでした! すみません先輩」 「許せないな。どう落とし前つけて貰おうか」 「お手柔らかにお願いします」 くすくすと仲良さ気に笑っている二人に、聡の胸中がざわついたが、それを知ってか知らずか、友之が清香を促した。 「清香ちゃん。そちらは?」 「あ、ごめんなさい。聡さん、こちらは松原工業にお勤めの松原友之さんです。玲二さん達と同じく昔からの知り合いなんです。友之さん、こちらは小笠原物産にお勤めの、角谷聡さんです」 「初めまして」 「こちらこそ」 (松原……。この人も柏木さんや倉田さんと同じく、彼女の隠れ従兄弟の一人だな。どう考えても、ちょっかいを出しに来たとしか思えない) 笑顔で挨拶を交わしながら様子を窺う聡の前で、友之がにこやかに話し出した。 「そう言えば清香ちゃん。あの後、大丈夫だった?」 「お兄ちゃんに、盛大に雷を落とされました」 「いや、本当に悪かった。清人さんがザルだから、清香ちゃんも少しはいける口なのかと」 「お兄ちゃんレベルで判断しないで……」 がっくりと項垂れた清香を見て、友之が苦笑いしつつ額に落ちていた前髪をかき上げる。そこで会話の中身に不穏な物を感じた聡は、思わず問いかけた。 「清香さん。松原さんと最近お酒でも飲んだの?」 「はい。プールバーに連れて行って貰った時、ビリヤードを教えて貰う合間に少し。でも友之さんったら、結構強いカクテルを勧めるんだもの」 些か恨みがましい目で見上げてくる清香に、友之は苦笑を深める。 「本当にごめん。あれ位で立てなくなる位酔っぱらうなんて、想像できなくて。ちゃんとお姫様抱っこして送り届けたから、勘弁して欲しいな」 「それで余計にお兄ちゃんが酷かったんですよ。『酔っぱらって帰って来るのはともかく、抱かれて帰って来るとは何事だ!』って。次の日たっぷり一時間、床の上に正座でお説教でした」 「泥酔した状態で帰したら、清人さんに説教されるのが目に見えてたから、近くにホテルを取って清香ちゃんの酔いが醒めるまで朝まで面倒みようかなと、一瞬思ったんだけど」 「そんな事したら友之さん、お兄ちゃんに殺されます」 「そう思って踏みとどまった。俺はまだまだこの世に未練があるから」 そこで二人で「あははは」と能天気に笑っているのを見て、聡は激しく脱力した。 (清香さん、男と二人で飲みに行って、それは危機感無さ過ぎだろう! それにこの男、本当は兄さんの事が無ければ、彼女をどうにかしてたんじゃ……) 一人頭痛を覚えていた聡を満足そうに見やった友彦は、ここで清香に別れを告げた。 「じゃあ、俺はここで。恩師の所に顔を出すついでに声をかけたから」 「はい、じゃあまた誘って下さい」 「勿論だよ。角谷さんも失礼します」 「はい」 そうして表面的には友好的な笑みを振りまきつつ、友之は研究室の一つに入って行った。 「清香さん。お酒を飲む時は、相手を選んだ方が良いね」 「まだお兄ちゃんと友之さんとしか、飲んだ事ありませんし、大丈夫です」 (だから、それが問題だから!) その聡の心中の叫びは、声にされる事は無かった。
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