零れた欠片が埋まる時
第24話 遅れてきた反抗期④

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「だけどなぁ……、相手は社長が溺愛している一人娘だし、あいつはしがない和菓子屋の倅だから、婿として社長のお眼鏡に適う筈も無いって、最初から諦めててな」 「はあ……」 「あいつはそれでも他の女なんか見向きもしないで、密かに偶に見かける由紀子さんをずっと想っていたんだが、出会って十年しないうちに、どこぞの馬の骨と駆け落ちしたって風の噂で聞いて、もう荒れる荒れる。『こんな俺でも、勇気を出して告白していれば良かった』と、一晩中飲んで暴れたあいつに付き合って、色々な後始末をしてやったのは、何を隠そうこの俺だ」 「その節は、父が大変お世話になりました」 「全くだ」  心の底から湊に申し訳ない気持ちになった聡は、座ったまま深々と頭を下げた。それに真面目くさって頷いてから、湊が話を続ける。 「結局、由紀子さんの最初の結婚は上手くいかず、何年かで実家に戻っただろう? 既に当時会長として実権を奮っていた君の祖父は、早速縁談を企てていた様だが、由紀子さんは悉く拒否していたらしいな。まあ、彼女の心境を考えれば無理も無いが」 「そこら辺の事情については、母から聞いています」 「そうか。外部との縁談が難しくなると、会長は社内での有望株を漁りにかかってな。しかしやはり家柄とか縁戚とか後見とか、会長が納得する奴らから話を持ち掛けていったから、同期の中ではダントツに優秀でも、あいつの優先順位はかなり低くて、最後に近い方だったと聞いてる」 「そうでしょうね」  当時の父親の心境を思って、思わず溜息を吐いた聡だったが、そこで何故か湊が苦々しげな顔つきになった。 「それで……、同年代の人間にはその時点で既婚者も多かったし、幸運な事にあいつにお鉢が回って来たんだが、いざ自分に話が舞い込んだ時、怖じ気づきやがって……」 「どうかしたんですか?」 「俺に真剣な顔で『由紀子さんに何て言って結婚を申し込んで良いか分からないから教えてくれ』と言いやがった」 「……その話、作ってませんか?」  もの凄く疑わしげな視線を向けた聡に、湊がうんざりとした口調で言い聞かせる。 「実話だ。あいつは無愛想だが、セールストークだけは抜群なんだ。必要なら、笑顔の大盤振る舞いだってする。だが、進んで女を口説く様な真似はした事が無くてな」 「すみません。俺の記憶違いでなければ、母と結婚した時、父は三十八歳だったような気がするんですが」 「ああ、それで間違いない」 「………………」  最早匙を投げた様な口振りの湊に、聡は当時の父をフォローすべきかどうか真剣に悩んで黙り込んだ。しかし何故かそこで、湊が居心地悪そうに視線を彷徨わせながら、気まずそうに言い出す。 「その……、だな、聡君」 「はい」 「それで……、どうも、財産目当て云々に関しての誤解は、多少は俺のせいかもしれない、と思うんだが……」 「どういう事ですか?」  本気で首を捻った聡に、湊は重苦しい口調で続けた。 「あいつの前に振られたのは、皆あいつより顔が良かったり、口説き文句なんか挨拶代わりに出る連中でな。そいつらと同じ様な事を喋ってもインパクトを与えられないし、感銘も受けないだろうと思ったんだ」 「それで?」 「思わず『どうせ財産狙いだって本人からも周囲からも思われるだろうから、通り一遍にあなたに惚れてる云々言うよりも、俺だったらしっかり財産を管理できるとかアピールしたら良いんじゃないか?』と冗談半分でアドバイスしたんだが……。その様子では、奴はそのままストレートに言った挙げ句、結婚してからもそのまま放置した可能性が……」  言われた内容を頭の中で反芻した聡は、あまりと言えばあまりの内容に、一瞬遅れて非難の叫びを上げた。  「湊さん! 何なんですか、それはっ!」 「いや確かに、無責任な事を言った俺が、悪かったかもしれん。だが聡君。両親を見ていれば、そこら辺は自然に分かるものじゃないのか? 由紀子さんは煙草の煙が嫌いだから、あいつは家の中や彼女の前では絶対に吸わないし、常に率先して由紀子さんの前でドアの開け閉めはするし、小笠原の財産は全て由紀子さんと君の名義になっている筈だぞ? 他にも挙げればキリが無いが」  必死に弁解する湊に、動揺しまくりの聡が吠える。 「それはっ! 父が婿入りした事で、見た目に似合わず母に対してひたすら卑屈になってる結果だと! 親戚連中も、そう言っていましたし!」 「そんなわけがあるか。単にあいつが、由紀子さんにベタ惚れしているだけだ。下手すりゃ、箸より重い物を持たせるなんて、言語道断だとか思っているかもしれん」 「……今更、勘弁して下さい」  とんでもない驚愕の事実を知らされて、聡は一気に脱力した。 (父さんは母さんに惚れ込んでて、母さんもそれなりに父さんの事信頼してるなんて、俺が以前から思ってた関係とは全然違うじゃないか。真剣に両親の不仲を疑って悩んでいた、あの頃の俺の時間を返せ)  思わず自分の思春期の頃を振り返って、物悲しくなった聡だったが、そんな聡の心境を知ってか知らずか、湊が朗らかに声をかけた。 「まあ、良い機会じゃないか。この際君が間に立って、そこの所を二人でじっくりと話し合って貰ってはどうだ? 何と言っても子はかすがいと言うしな」 「努力してみます。……ところで他にお話は」 「もう無い。角谷君、戻って構わんよ」  途端に重役の顔に戻って指示した湊に、聡も一社員として立ちあがって頭を下げた。 「それでは失礼します」  そうしてドアに向かって歩き出した聡だが、その背中に能天気過ぎる声がかけられた。 「ああ、それから聡君。清香嬢との事も頑張れよ?」 「…………」  その如何にも楽しんでいるとしか思えない声音に、聡は思わず床に蹲りたくなった。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません