「文字通り、近くに様子を見に行っていたのよ。お祖父様ったら、清香ちゃんが高校の頃、そこの理事に金を掴ませて事務員の服と身分証のパスを入手して、時々校内に潜入して様子を窺っていたの。あと、大学のキャンパス内を、白衣姿でうろうろしているそうよ」 「はあぁ!?」 「ま、真澄っ! お前、何故それを知っとる!」 流石に驚きの声を上げて自分を見つめて来た二人に、真澄は軽く肩を竦めながら補足した。 「清人君から聞きました。校内で変装したお祖父様にばったり遭遇して、曲がり角の向こうから清香ちゃんの様子をこっそり窺っているのを見た時には、思わず涙を誘われたと言っていたわ。ああ、その時どうして清人君が校内に居たかは、ここで突っ込まないで。この話にはあまり関係無いし、時間の無駄だし」 「…………」 さらっと事も無げに言ってのけた真澄を、清香と総一郎は何とも言えない表情で凝視したが、すぐに総一郎は下に顔を向け、清香もそれを眺めた。 「そんな風に、もうこのまま名乗りを上げず、こっそり見守っていくだけで良いかと思っとったんじゃ。どうせいつかは向こうから折れて、頭を下げに来るじゃろうと思って、胡坐をかいてふんぞり返っていた罰が当たったんじゃろうと思ってな。そうしたら……、半年近く前の事だが、澄江が夢枕に立ったんじゃ」 「はあ……」 何とも言えずに曖昧に相槌を打った清香だったが、ここで総一郎がキッと顔を上げて、清香を見据えながら訴えた。 「そうしたら澄江の奴、久しぶりに会えて喜んでいる儂に向かって『あなたはもう八十になるんですよ? いつぽっくり逝ってもおかしくない年なのに、まだ意地を張っているんですか。そんな人、私、お迎えになんか来ませんからね』と冷たく言ったんじゃ! あんまりだとは思わんか!?」 「あの……、私にそういう事を言われても……」 「お父さん、落ち着いて下さい!」 「ごめんね、清香ちゃん。両親は夫婦仲が良かったから」 「そ、そう、他の人間に対しては傍若無人でも、母さんに対してはだけは昔から弱くて」 いきなり清香の片足を掴んで、涙目で訴えてきた総一郎に、清香は思わず体を引き気味にし、雄一郎達が慌てて総一郎を宥めつつフォローしようとした。しかし総一郎の訴えは更に続く。 「その上、『死んだら香澄に会えるから、そこで謝るなんて調子の良い事を考えているんじゃないでしょうね? あの子も私も、勿論極楽に来ましたけど、あなたの顔なんか見たくないって、あなたの地獄送りを画策して、香澄が閻魔様に直談判していましたよ? だからあなたが地獄に行ったら、こうして会えなくもなりますから、今のうちにお別れに来たんです』と言ったんじゃ! 澄江の奴、あんまりじゃあぁぁぁぁっ!!」 「……………………」 錯乱した様に叫んで清香の足から手を離し、布団に蹲って号泣し始めた総一郎を、最早誰もフォローできず、黙って互いの顔を見合わせた。 そのまま何分か様子を窺っていても、総一郎が泣きやむ気配が無い為、清香が溜息を吐いて疲れた様に会話を再開させた。 「……それで? 死んだ奥さんと娘に、これ以上愛想を尽かされたくなくて、こっそり見守る方針を方向転換して、告白しようと思ったわけですか?」 「そうじゃ。それで清香に孫たちの誰かと、早急に結婚して貰おうかと思って、皆に発破をかけたんじゃが……。どいつもこいつも甲斐性無しどもが」 苦々しげに総一郎は部屋の壁際に控えている孫達を見やったが、清香はそれを一喝した。 「あなたが文句を言う筋合いじゃありません!」 「……すまん」 再び萎れた様に俯いた総一郎に対し、清香は軽い頭痛を覚えながら話を続けた。 「第一、どうして祖父だと告白する事と、従兄妹同士で結婚する事が繋がってるんですか?」 「それは……、新郎新婦どちらにとっても祖父に当たるから、身内として紹介しやすいし、告白して怒っても亭主になる奴が、お前を宥めてくれるかと……」 ぼそぼそとそんな事を説明する総一郎に、清香が呆れた様に断言する。 「……何ですか、その穴だらけの計画とも言えない計画は。確かに皆とは仲良くしていますけど、結婚云々は別でしょう。それに一日二日で、気安く結婚するわけありません!」 「それは儂も認める。清香もまだ若いし、下手したら結婚まで持ち込むまで一年二年かかって、その間に儂がぽっくり逝きかねない事に後から気付いてな」 (元気一杯で、後二・三十年は楽々と生きていそうなんだけど……) 皺はあっても肌に艶と張りがあり、声にも力があっていかにも矍鑠としている総一郎を見ながら清香はそう考えたが、本人は大真面目で語り続けた。 「しかしいきなり面識が無い人物に『お前のお祖父さんだ』と言っても、不審がられて通報されかねんし、お前の父親の事もある。罵倒されるのは仕方が無いとしても、関係自体否定されたくは無いから、打ち明ける前に何とか友好関係を築くか、あまり清香を怒らせない状況を作りたいと思って……」 「それで? 真澄さんがプリザーブドフラワーのアレンジを競り落としたのをきっかけにして、私を自分の誕生祝いの席にかこつけて、ここに招待する手筈を整えたんですか。………………残念過ぎる事に、私を最っ高に怒らせましたがね」 尻つぼみになった総一郎の言葉に被せる様に、清香が冷え冷えとした口調で続けると、総一郎が必死の面持ちで訴える。 「すまん。それは全面的に謝る。お前の父親と兄の悪口を言うつもりは無かったんじゃ! ちゃんと過去の行いについて謝る心積りもしておった。本当じゃ! ……だが、小笠原の孫なんぞと付き合っとるなどと言われて、つい口が滑って」 「言い訳にもなりませんね」 「………………」 冷たく弁解をぶった切られた総一郎は、再び俯いて黙り込んだ。そこに清香が念を押して来る。 「言いたい事は、それだけですか?」 「…………ああ、似るなり焼くなり、お前の好きにしてくれて構わん」 それを聞いた清香は、溜息を吐きだしてから総一郎の前に屈み込んで静かに告げた。 「そうですか。それは結構な心掛けですね…………、お祖父ちゃん」 「え?」 予想外の単語を耳にして、思わず顔を上げた総一郎だったが、清香は素早く両手を伸ばしてその襟元を掴み上げ、掛け声をかけつつ乱暴に引っ張り上げた。
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