零れた欠片が埋まる時
番外編 佐竹清人に関する考察~柏木真澄の場合①

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 その時、真澄はつい先週の出来事を、思い出していた。  ※※※※ 「……から、…………やめ……と…………だ」 「……ええ」 (結局、清香ちゃんとうちとの関係が明らかになってからも、清香ちゃんと一緒に家に来てくれなかったわね。……まあ、予想はしていたけど)  食事を済ませて繁華街を歩いていた真澄は、横を歩く男性の話に適当に相槌を打ちながら、半月程前の出来事を思い返していた。するといきなり腕を掴まれ、軽く引かれて立ち止まる。 「…………真澄さん」 「え? ……あの、どうかしたの?」  途端に我に返り、驚きながら自分の腕を掴んで怖いくらい真剣な顔で見詰めてくる相手を見返したが、その彼はふっと顔を緩め、苦笑の表情になった。 「やっぱり、聞いて無かったんだ」 「……ごめんなさい。何か大事な話をしていたの?」  上の空で彼の話を聞いていた自覚はあった為、真澄が素直に謝ると、相手が苦笑いしたまま静かに話を続ける。 「ああ、別れ話を。『もう付き合うのを止めないか?』って」 「……え?」 「まさか別れ話まで、聞き流されるとは思っていなかったが……」 「その……、ごめんなさい」  相手の顔に傷付いた表情を認めた真澄は、穴があったら入りたい心境で頭を下げた。すると頭の上から、穏やかな声が降ってくる。 「いいよ。何となく予想はしていたし。俺じゃやっぱり、無理って事なんだろう」 「あの……、無理って何が?」  淡々と言われた言葉に、思わず頭を上げた真澄が怪訝な顔で尋ねると、相手もちょっと意外そうな顔で首を傾げた。 「あれ? ひょっとして無自覚だったのかな?」 「何の事?」  益々意味が分からなくなった真澄だったが、その表情を見て相手は若干困った様に、言葉を選びながら話を続けた。 「どう、言えば良いかな……。真澄さん、これまで俺以外の男と付き合った事、有るよね?」 「あるけど……、それが?」 「全員、相手の方から告白してきて、短い期間で相手から別れを切り出されたんじゃないかな?」 「……その通りだけど」 「別れる時、その理由を聞いた?」 「一応。大抵は『他に好きな女性ができた』だけど。……要は、私に大して魅力が無かったって事でしょう?」 (声をかけてきて何ヶ月もしないうちにそれだなんて、よっぽど可愛げが無いのよね、私。媚びを売るタイプでも無いし……)  そんな事を考えて真澄が密かに落ち込んでいると、すこぶる冷静な声がその耳に届いた。 「いや、それは違うな。別に好きな女性ができた訳じゃない。因みに俺もそうだし」 「え? じゃあどうして……」  困惑しながら控え目に問い掛けた真澄に、相手はその顔を覗き込みながら、真顔で尋ね返した。 「真澄さん、俺に重ねて誰を見ている?」 「誰、って……」  僅かに動揺しながら真澄が口ごもると、相手は断定口調で続けた。 「多分、これまで付き合った事のある男全員、見た目とか話し方とか声とか、『誰か』に似てるって共通点があると思う。違うかな?」 「そんな事は……」 「絶対無いって、言い切れる?」 「…………」  再度問い掛けられ、確かに指摘された様に全員どこかしら清人と似た所のある人物ばかりだった事を認識した真澄は、俯いて黙り込んだ。そして一気に気まずい空気が漂ったが、相手はそれを振り払う様に、軽く笑いながら続ける。 「皆、最初は告白してOKを貰って、喜んだと思うんだ。真澄さんって高嶺の花で、声をかけるのも結構勇気が要るし」 「そんな事は……」 「だけど、自画自賛する訳じゃないけど、真澄さんが付き合っても良いって思う位だから、皆それなりに頭の回転が早くて、察しの良い連中だったんじゃないかと思う。……だから自分自身じゃなくて、自分を通して誰かを見てる、自分と誰かを常に比較してるって、分かってしまったんだ」 「康則さんもそう思ったの?」  多少驚いた様に問い掛けた真澄に、男は笑って頷いた。 「ああ。それでも良いと、最初は思ったんだけどね。今に自分自身を好きにさせてみせるって。……でも君の方からは誘って来ないし、いつでも仕事優先だし、偶に会えても上の空か無意識に誰かと比較されてるし。それが続くと、流石に『誰か』に対する闘争心も萎えるかな」 「ごめんなさい……。最低よね、私って」  自分のこれまでの行為を指摘された真澄が、全く反論出来ずにうなだれると、相手は笑って言葉を継いだ。 「良いよ。単に俺達に、真澄さんにちゃんと目を向けて貰えるだけの、魅力が無かっただけなんだから」 「でも……」 「だけど、真澄さんの心の中の誰かに負けただなんて認めたく無くて、『他に好きな女性ができた』なんて理由付けしたんだよ。恐らくね。皆、揃いも揃って、結構プライドが高い人間ばかりだったんじゃないかな? ……ひょっとしたら、誰かさんも」 「……そうね」  俯いたままそう呟いた真澄に、相手は小さな笑いを零した。 「認めてくれて良かったよ。ここまで言って否定されたら、わざわざ指摘した俺の立場が無い」  そう言って真澄に右手を差し出す。 「そういう訳で、短い期間でしたが、俺は『誰か』への敗北を認めます。別れて下さい。……ですが仕事上ではこれまで通り、友好関係を崩さないで貰えたら嬉しいです。柏木課長?」  明るく笑って言われた内容に、真澄も反射的に笑顔らしきものを返しながら手を伸ばす。 「縁が無かったのは残念ですが、仕事に関してはこちらこそ宜しくお願いします、安西課長。こちらも田積精工との取引は、潰したくありませんから」 「それは良かった。それじゃあ今日は、ここで失礼します」 「ええ」  そうして握手した手を離して最寄り駅に向かって歩き出した安西だったが、二・三歩歩いた所で、足を止めて振り返った。 「柏木さん」 「……はい」  早速、呼び名が変わった事を何となく寂しく思いながら真澄が応えると、安西は幾分躊躇してから、真顔で告げた。 「貴女の詳しい事情は知らないし、余計なお世話かもしれませんが……、周囲に遠慮とかしないで、もう少し素直になった方が良いですよ?」  その言葉が親切心から出た事は十分理解できた真澄は、嬉しそうに笑って礼を述べた。 「ご忠告、ありがとうございます。出来るかどうか分かりませんが、努力してみます」 「いえ……、それでは」  真澄の答えに満足した様な笑みを浮かべた安西は再び歩き出し、その姿が雑踏の中に消えるまで、真澄は見送っていた。そしてその姿が消えてからも微動だにせず、真澄は一人自己嫌悪に陥る。 (今まで、誰も面と向かって言ってくれなかったけど……、本当に康則さんの言った通りだったのかしら?) 「……おい、そこの彼女?」  そこで至近距離から声が掛かったが、自分の世界に入り込んでいた真澄の耳には届かなかった。

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