「さて、これで……、受信送信記録全部削除、メールフィルターや着信拒否設定をばっちり済ませた上で、アドレス帳からも綺麗さっぱり消去終わりっと!」 頗る上機嫌で、携帯操作を終わらせたらしい清香の台詞に、真澄は笑顔で応じた。 「これですっきりして、試験期間に突入できるわね」 「はい、もう頑張ります! 全教科パーフェクト目指しますからねっ!」 握り拳を作って力強く応じる清香に、真澄の笑顔が深くなる。 「その意気よ。何と言っても、学生の本分は学業ですもの。じゃあ帰りも送るわ」 「あ、良いですよ、真澄さんだって明日は仕事じゃないですか。散々付き合わせちゃったし、玄関先で失礼します」 「そう、それなら運転手には家まで送らせるけど、玄関まで見送らせて貰うわね?」 「そうして下さい。それじゃあ……」 そこで一端話を区切った清香は、再び総一郎の前に正座して深々と頭を下げた。 「お祖父さん、伯父さん達も、今日はありがとうございました。今日はもう時間が無いので、また改めてお伺いします」 「……お、おう、気を付けてな」 「清人君に宜しく」 「はい、失礼します」 そうして笑顔の清香が真澄と連れ立って玄関に歩いて行くのを、大人しく見送った面々は、微妙な顔付きで二人を眺めていた浩一に、視線を向けた。 「浩一、どういう事だ?」 戸惑いを含んだ父親の視線を受けた浩一は、ここで溜息を一つ吐いてから、徐に語り出した。 「それが……、清香ちゃんを待っている間に、車内で姉さんに説明されたんですが……。清香ちゃんは明日から金曜まで、期末試験期間なんだそうです」 「それで?」 「その前に、少しでもすっきりして試験に臨みたいので、限られた時間で物事を効率的に片付ける為に、対応する優先順位を付けたとか」 「……因みにどんな?」 周囲から怪訝な顔を向けられた浩一は、居心地悪そうに話を続けた。 「清香ちゃんにとっての最優先事項は、勿論清人に関する事なので、小笠原家に乗り込んで由紀子さんを連れ出して、清人と対面させました」 「確かに、君からの電話で、清人君と小笠原の関係までばれてしまったいう事は聞いたが……」 和威がまだ少し要領を得ない顔付きで呟き、浩一が続ける。 「次に老人優先と言う事で、お祖父さん達へのお仕置きですね」 「茶化すな、浩一君」 「それで、タイムアップと言うのは?」 僅かに笑いを含んだ声に義則が溜息を吐き、雄一郎が続きを促すと、浩一はこの場に居ない人物に対し、心底同情する表情をその顔に浮かべた。 「……そうこうしているうちに、清香ちゃんに嘘を言って近付いていた、聡君に対応する時間が無くなったんです。試験期間中は十時就寝だそうですし」 そう言われた面々は、漸く正確な事情を悟った。 「それが残っていたか……」 「うっかりしてたな~、俺らこっちの方だけで、頭の中が一杯だったし」 「時期が悪かったとしか、言いようが無いな」 「……ちょっと待て。何か清人さんとお祖父さん達をあっさり許した分、聡君の方に余計に怒りが向けられてる気がしないか?」 「そうだな……、試験期間中はこのまま放置する気満々みたいだったし……」 口々に重い口調で感想を述べ合う中、ふと思いついた様に正彦が問いを発し、それに考え込みながら友之が応じた。その途端、室内に再び不気味な沈黙が満ちる。 しかし何分も経過しないうちに、清香を見送りに行っていた真澄が戻り、固まっていた室内の面々に呆れた様に声をかけた。 「何やってるのよ、あんた達。明日仕事でしょう? いつまでも呆けてるんじゃないわよ。さっさと帰りなさい。清香ちゃんも帰ったわよ?」 「あ、ああ、そうですね」 「じゃあ、そろそろ帰るか」 もぞもぞと動き出した従弟達から、今度は真澄は叔父達に視線を向ける。 「叔父様達も、向こうで叔母様達が待ちくたびれてますよ? 私から簡単に、経過を説明しておきましたから」 「そ、そうか、すまなかったね」 「じゃあ帰らせて貰うとするか」 申し訳無さそうに叔父達が腰を上げるのを認めて、真澄は残った二人に声をかけた。 「お祖父様、お父様、疲れたのでもう休ませて貰います。お休みなさい」 「……おう、手間をかけさせたな」 「……お休み」 言うだけ言ってあっさりと踵を返した真澄に、男達はとんだとばっちりを受ける羽目になった聡の事を思い浮かべつつ、僅かな罪悪感を覚えていた。
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