聡から自宅への招待を受けて、それを了承していた清香だったが、師走の忙しさに加えて、ここ暫く不機嫌さを醸し出している清人に、少々怖気づいていた。その為、それを告げたのは、十二月もそろそろ下旬に入ろうかという時期の、木曜日の夕食の時間帯だった。 相手の機嫌が、それほど悪くないのを確認した清香が声をかけ、その旨を説明したが、話の途中で、清人から鋭い却下の言葉が下される。 「そういう訳で、明後日の土曜日の午後、聡さんのお家に招待されていて」 「駄目だ」 「どうして?」 頭ごなしに言われて、流石に気分を害した清香に、清人が箸を動かしながら淡々と言い聞かせる。 「先方にご迷惑だろう。特に退院した直後だそうだし」 「そのお母さんが、是非にと言って下さってるのよ?」 「それは所謂、社交辞令という奴だ。本気にする奴があるか」 取りつく島も無い清人の様子に、清香はムラムラと反抗心が湧いて来た。と同時に、黙々と食べている清人の顔を凝視して、少し前から考えていた、ある推測を口にする。 「お兄ちゃん。この前の大学祭の時もチラッと思ったんだけど、ひょっとして聡さんの事が、あまり好きじゃないの?」 すると清人は、清香の顔をチラリと見てから断言した。 「そうだな。はっきり言わせて貰えば嫌いだ」 「どうして!? 聡さんは親切だし優しいし、思いやりのある大人の人だと思うけど?」 「ちょっと外面の良い男に騙されるなんて、清香はまだまだ子供だな。だから心配で、目が離せないんだ」 流石にそこまで言い切られるとは思っていなかった清香は本気で驚き、聡を庇う発言をしたが、清人は大人の余裕を醸し出しながら薄く笑った。それに清香が猛然と噛み付く。 「ちょっとお兄ちゃん! それは幾ら何でも、聡さんに対して失礼よ?」 「俺は、本当の事を言ったまでだ」 「じゃあ聡さんが、何をどう騙してるって言うの? その根拠があるなら言ってみて!」 「…………」 きつい基調で迫った清香だったが、自分と小笠原の関係をばらしたくない、かつ考えるのも嫌な清人としては、本当の事を口にするのは躊躇われた。結果、無言になった清人を眺めて、清香が箸でご飯を口に運びながら、心底呆れた様にボソボソと呟く。 「そんな、子供じゃないんだから……。オークションで競り合ったのが、幾ら気に入らないからって……」 「そんな事じゃない!!」 「お兄ちゃん? どうしたの」 勢い良く箸をテーブルに叩き付ける様に置いて清人が怒鳴り、清香が驚いた顔を向けたが、すぐにそっぽを向いて吐き捨てる様に呟いた。 「……何でも無い。もう良い。勝手にどこにでも行ってこい」 「そうさせてもらうわ」 口調は冷たく言ったものの、清香は心配そうな視線を清人に向けた。 (本当に何なんだろう? 最近のお兄ちゃんって、絶対変よね……) そんな事を考えていると、何やら考え込んでいた清人が声をかけてきた。 「清香」 「ん、何?」 口の中の物を飲み込んでから尋ね返すと、清人はいつも通りの顔で言いだした。 「明後日は、午後から出かけるとか言ったな?」 「うん、言ったけど。それが?」 「それなら……、ちょっと午前中に行って来て欲しい所がある」 「どこに? 場所にもよるけど」 互いに、相手の反応を窺いつつのやり取りになる。 (まさか、聡さんの家に行かせない為に、仙台とか大阪とかに行って来てくれとか、言わないわよね?) (本当なら、小笠原の家なんかに行かせない為に、北海道とか沖縄とかに行って来てくれと言いたい所だが、仕方が無い……) 兄妹で似た様な事を考えていたが、清人が口にした内容は、清香にとっては意外な事だった。 「都内だ。久しぶりに甘い物が食べたくなった。神田に行って、例の奴を買って来てくれないか?」 そう言われた清香は、すぐに快く了解した。 「ああ、あれね。あそこなら十分時間内に戻って来れるし、分かった。行ってくるわ」 「頼む」 (そうよね。お兄ちゃんが、そんな意地の悪い事考えるわけないものね。変な事考えて悪かったわ。大好きなあれ、多目にゲットして来ようっと!) (あの男があの時の事をまだ根に持っているかもしれんし、旨い物は旨いからな。清香には何も言わなくても、ついでに買っていくだろう) 二人の思惑はどうあれ、それからの佐竹家の食卓は平穏なものだった。
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