話が纏まり、何やら朋美が携帯を操作してから2人連れ立って校舎から正門への真っ直ぐな道を歩いて行くと、門柱の側に佇む1人の男性の姿が目に入ってきた。 「ねえ、清香。もしかしてあの人?」 「うん、あの人が小笠原聡さんよ」 「……へぇ」 相手も歩いてくる清香を認めたらしく、鞄を持っていない方の手を軽く振りつつ、笑顔で真っ直ぐ二人の方に向かってくる。校内では見掛ける事の少ないビジネスマンの出で立ちの彼と、それに近付いていく自分達に周囲の視線が集中していくのが分かったが、朋美はそれには構わず徐々に近付いてくる聡を、食い入る様に眺めた。 (清人さんとはまた毛色が違ったイケメンだわ。体つきも均整取れてる感じだし、着ている物も上物そう。だけど……、どことなく温室育ちって感じが。あの清人さんに、真正面から刃向かえるだけの根性が有るかしら?) そんな結構失礼な事を考えている間に、両者は一メートル未満の距離まで接近した。 「こんにちは、清香さん。突然メールして、学校まで押し掛けて悪かったね」 「いえ、ちょうど今日の講義は、全部終わった所でした」 「それは良かった。それでちょっと時間を貰いたいんだけど」 「お話中にすみません。清香、こちらの人に私を紹介してくれないの?」 自分の目の前で二人が和やかに話し出したところで、朋美が些か強引に会話に割って入った。それを受けて、清香が慌てた様に友人を紹介する。 「あ、ごめんね、朋美。……聡さん、こちらは高校時代からの友人で緒方朋美さんです。クラスも一緒で、二人で帰るところだったんです」 「小笠原さんの噂は、清香から色々お聞きしてます。初めまして」 にっこりと笑って清香が親友を紹介すると、今度は聡が愛想笑いを浮かべつつ、目の前の女性の観察を始めた。 「こちらこそ初めまして。知って頂いていて光栄です、宜しく。高校から一緒だと長いし、もう親友って域だね」 「そうですね。若干腐れ縁っぽいですけど」 「酷いわ、朋美」 「そうなると……、当然、彼女のお兄さんとも知り合いかな?」 「ええ、良く存じてます。色々清香の事について相談を受けたりもしてますし」 (この感じ……。やっぱり裏で兄さんと繋がっているか。彼女の親友面して、陰で何をしてるか分からないな) 含みのある会話を交わし、互いに相手の言わんとする所を察した二人は、愛想笑いを更に深くした。 「ところで、小笠原さんは、清香に話があるとか」 「ああ、ちょっとね」 「お時間かかりますか? 実はこの後、私達用事がありまして」 「え? 特に何も無いよね、朋美」 キョトンとして問い掛けてきた清香に、朋美は幾分すまなそうに、しかし余裕で言い返した。 「ごめん、今思い出したの。今度の学祭でのチャリティーオークションに、スタッフでの参加を頼まれてたでしょう? その打ち合わせが後四十分位で始まるのよ」 「えぇ? 聞いてないそんな話!」 「だからごめんって」 当惑した声を上げた清香に朋美は詫びを入れ、改めて聡に向き直った。 「そういう訳なので小笠原さん、清香と話をされても構いませんが、外に出てどこかお店に入ってとなると、それに間に合わなくなる可能性があるんです。宜しかったらあそこの学食で、お話ししませんか? 今の時間はカウンターは開いてませんが、自販機は揃っていますし」 そう言いながら朋美は前庭に面したガラス張りの学食を指差した。 本校舎から渡り廊下で連結されているそれは上層階に図書館や研究室を抱えており、チラホラと調べものや研究に一区切り付けて、一息入れに降りてきたらしい人間の姿も見える。それを無言で眺めてから聡は快諾した。 「俺は構わないよ。君達の都合も聞かずに押し掛けたのはこちらだし。せっかくだから二人に奢るよ。何が良い?」 「それならカフェオレをお願いします」 「分かった。清香さんは?」 そんな事を言いながらさっさと学食に向かって歩き出した聡と朋美を、一歩遅れて清香が追い掛けた。 「え? 朋美も一緒に居るの?」 「何か都合が悪い?」 「俺との話が終わったら一緒に打ち合わせに行くんだろう? 一旦離れてまた呼び出しとかするのは面倒だろうしね。俺は構わないよ」 「そうですよね。一人前の社会人が、人に聞かれちゃ拙い話なんかしないですよね」 「そうだね。相手の都合を聞かずに押し掛ける程度の非常識な事位はするかもしれないけど」 「あら、自覚はおありだったんですね。良かった」 (どうあっても彼女と二人きりにはしないつもりだな? この女) (ふっ……、一分で打ち合わせ前倒しの根回しは完了よ。意地でも清香は離さないわ!) 笑顔と友好的な口調を取り繕いながら聡は朋美と嫌味の応酬をし、微妙な顔をしながらも、清香ははっきりとそれを認識できないまま学食へと入って行った。そして聡の支払いでそれぞれ好みの飲み物を手に入れた三人は、閑散としている学食の片隅のテーブルに落ち着く。そして聡が幾分迷う素振りを見せてから、自分のコーヒーを入れた紙コップに口をつけないまま、ゆっくりと口を開いた。
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