零れた欠片が埋まる時
第24話 遅れてきた反抗期①

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「失礼します」   秘書の先導を受けて聡が湊の部屋に入ると、正面の机で仕事をしていたらしい湊が相好を崩して声をかけてきた。 「ああ、すまないな角谷君。仕事中に急に呼びつけたりして」 「いえ、それはお構いなく……」  如才なく言葉を返そうとした聡だったが、手前の応接セットに腰を下ろしている人物を認めて、瞬時に口ごもる。 「父さ……、社長もいらっしゃいましたか」 「居てはまずいのか?」 「……いえ」  小笠原物産社長であり、自分にとって厳格な父親でもある勝に面白く無さそうな表情で睨まれ、聡も憮然とした表情で言葉を返した。そんな親子を取り成す様に、勝とは入社以来の友人であり聡とも何度も面識の面識がある湊が、椅子から立ち上がりながら聡に声をかける。 「まあ、そこに座ってくれ。いきなり社長室に呼び付けたら君の立場が無かろうと、私がこいつをここに呼んだのでな」 「……失礼します」  勝とは微妙に視線を外しつつ、湊に断りを入れて聡は長椅子に腰を下ろした。そして湊がその反対側で友人の隣に腰を落ち着けると、手にしていた書類を、聡に向かって差し出す。 「それで、君を呼びつけた理由だが……、まずこれを見て貰えるか?」 「はい」  素直に受け取って内容に目を走らせた聡だったが、次第にその顔が強張ってきた。 「これは……」 「まだ社内に公表してはいないが、見ての通り、この一か月程の間に、営業一課が関わっている業務内容のうち、駄目になった物の一覧だ」 「……こんなに、ですか」  思わず呆然と呟いた聡に向かって、勝が鋭い視線と口調で追い打ちをかける。 「今日は更に大きな仕事が、盗られたようだが?」 「…………っ!」  僅かに顔を紅潮させながら、盛大に喚きたいのを何とか堪えた聡だったが、ここで湊が口を挟んできた。 「ところで角谷君。調べてみたら、これらにはちょっとした共通点が有ってね」 「どんな共通点でしょうか? 確かに一課が取り扱っているのは資源・エネルギー関係と工業用品関係ですから、取引相手に共通点が有ると言えば有りますが……」  バサバサと書類を捲りながら、困惑気味に再度目を走らせた聡だったが、湊は手を伸ばしてその端を軽く何度かつつきながら、思わせぶりに話を続けた。 「取引相手の企業、及び横から参入した企業の担当者もしくはその上司に、学部はバラバラだが東成大卒業者が名を連ねている。特に特定の年度の卒業生が多いな。後は……、柏木産業の縁故企業とか、柏木兄弟の姻戚関係に当たる家が、創業者の企業とか……」 「まだ私達が、何を言いたいのか分からんか?」  父親に冷徹極まりない口調で駄目出しをされ、聡は必死に歯軋りを堪えた。 (やっぱり兄さんの仕業か……。たかが一介のシスコン作家と油断したのが間違いだったな)  本人に面と向かって言えば、叩きのめされる事間違い無しの事を考えた聡は、ここまでバレているなら仕方が無いと、潔く腹を括った。 「分かりました、お話しします。一月半位前から、佐竹清香さんとお会いしてます。先月末には、佐竹清人本人と顔を合わせました」  厳しい顔の勝に対し、微塵も臆することなく真っ向から言ってのけた聡の言葉に、湊が思わずといった感じで片手で顔を覆いながら、呻き声を上げた。 「やってくれたな、聡君」 「湊さんは、彼の事をご存知なんですか?」  不思議に思った聡が湊に目を向けると、湊は苦笑いを零した。 「勝とは、同期入社以来の腐れ縁だからね。因みに、君は《会長ご乱心仏花事件》を知っているか?」 「……何ですか、その得体の知れない名称は?」  呆れて問い返した聡だったが、今まで耳にしていなかった祖父の清人への働きかけと、清人の実の祖父に対して行った常識外れの所業についての全てを湊から説明され、今度は聡が頭を抱えた。 (そんな事が……。いや、確かにあの爺さんは、自己中心的かつ虚栄心の高い人だったが、幾らなんでもそれはない無いだろう、兄さん)  愕然として呆然自失状態になった聡だったが、そこで冷え切った父の声が耳に届いた為、瞬時に意識を切り替えて心に防御壁を張り巡らせた。 「聡……。お前に彼の事を話して聞かせた時、私は『彼に関わるな』と言わなかったか?」 「仰いましたね、確かに。ですから彼では無く、彼の妹と会っていただけです。彼とは学園祭で予想外に遭遇しましたので、不可抗力です」 「詭弁だな」 「どうとでも、お取り下さい」 「おいおい、二人とも。人の部屋で親子喧嘩は止めてくれないか?」  正面から睨み合い、バチバチと火花が散りそうな雰囲気を醸し出す両者を見て、真っ先に湊が音を上げた。しかしここでノックの音と共に、隣室に控えている秘書が顔を出し、新たな来客を告げる。 「失礼します。専務、望月様がいらっしゃいました」 「ああ、通してくれ」 「それでは俺は」 「まだ話は終わっていない」  鷹揚に頷いた湊を見て、自分は席を外した方が良いのかと腰を浮かしかけた聡だったが、面白く無さそうな口調で勝に引き留められ、憮然とした顔付きになる。それを取り成す様に、湊が補足説明をした。 「君にも聞いて欲しい内容の話をするから、このまま座っていてくれ」 「はあ……」  何となく釈然としない顔つきながらも、聡が再びソファーに座ると、三十代前半と見られる男が一人、室内に入ってきた。

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