零れた欠片が埋まる時
番外編 とある指令についての会話②

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「だって、女を口説き慣れてる男がわんさか居るのよ? 観察対象には事欠かないじゃない」 「はあ……」  まだ生返事をしている恭子に、真澄が真顔で尋ねる。 「恭子さんは、ホストクラブに興味はある?」 「いえ、全く。行った事もありませんし、何が楽しいんだろうと思っていましたから」 「私もよ。だからウキウキと喜んで行く訳じゃない、そういう客に対しては、相手だって相当色々なアプローチをしてくると思うわ。条件はバッチリじゃない」 「良く分かりました。でも……」  未だに逡巡している恭子に向かって、真澄は安心させる様に財布の中からブラックカードを取り出して見せながら、笑顔を振りまいた。 「ああ、費用の事は心配しないで。私が全額持つわ。後学の為に、一度は行ってみたいと思ってたし」 「良いんですか?」 「構わないわよ。そうだ、ついでに清香ちゃんも誘おうかしら? 楽しくなりそうね。高校時代の友人に詳しい人が居るから、今度お勧めの店を教えて貰わなくちゃ」  早速携帯を取り出して話題に上った友人とやらの連絡先を確認し始めた真澄を見て、恭子は思わず遠い目をしてしまった。 (随分喜んで行く雰囲気なんだけど……。それにこれを聞いたら、先生はどう反応するかしら?)  絶対一悶着ありそうな予感に、恭子は笑いを噛み殺しながら食事を再開した。  翌朝。恭子が仕事場である佐竹邸に預かっている合鍵でいつも通り上がり込むと、リビングには清人の他に清香も顔を揃えていた。 「おはようございます、先生。あら、清香ちゃんは春休みに入ったのね」 「おはようございます」 「こんにちは、恭子さん。試験の結果も上々で、心置きなく春休みを満喫しています」  笑顔で挨拶を返してきた清香に、恭子もコートを脱ぎながら笑顔で声をかけた。 「良かったわね。……ところで清香ちゃん、今度一緒にホストクラブに行かない?」 「はあ!?」 「ホストクラブ? どうしてですか?」  驚いた声を上げた清人が、読んでいた新聞をバサッと乱暴に閉じて顔を向け、清香が不思議そうに問い返すと、恭子はにこやかに言ってのけた。 「今度、真澄さんと一緒に行く事になって。どうせだから清香ちゃんも一緒にどうかなって」 「行く行く、どんな所か一度行ってみたかったの! ねえ、お兄ちゃん。真澄さんと恭子さんが一緒だから、行っても良いでしょう?」  誘われた途端、嬉しそうに清人に了承を求めた清香だったが、清人は苦虫を噛み潰した様な表情で即座に却下した。 「駄目だ」 「えぇ~、どうして!?」  途端に不満そうな声を上げる清香に、清人が舌打ちしながら脅しをかける。 「……あいつに教えるぞ?」 「聡さんに? 聡さんはそんな横暴な事は言わないわよ。笑って『行っておいで』位言ってくれると思うけど?」  平然と《傍目には結構理解のある彼氏》の自慢をした妹に、清人は怒鳴りつつ、怒りの矛先を話を出した恭子に向けた。 「とにかく駄目だ! 川島さん、一体どうしてそういう話になったんですか!?」 「この前、私が指示を受けた内容について困っている話をしたら、真澄さんが『その気の無い女も口説き捲ってる男が、一杯居る所に行けば良いだろう』と」  平然とそう述べた恭子に、人は歯軋りでもしたい様な顔付きになり、殆ど呻く様に言葉を継いだ。 「……俺は、あなたに頼んだんですが?」 「女が女をと言う限定ではなく、自分が理解出来ない事をさせるんだから、男が女を口説くパターンのレポートで良い筈だと真澄さんに言われて納得したので」 「ねえ、お兄ちゃん、恭子さんに何を頼んだの? ホストクラブの取材?」  そこで話の筋が良く分からない清香が、怪訝な顔で口を挟んできた為、清人は諦めて話を終わらせる事にした。 「何でもない。……分かりました、そのレポートはもう良いです」 「じゃあレポート抜きで、真澄さんと二人で行ってきます。保護者の許可が出ないと流石に連れて行けないわね。ごめんなさいね、清香ちゃん」 「えぇ~! 私も行きたい~!」  恭子がすまなそうに謝罪の言葉を述べた途端、ごね始めた清香に、思わず清人は怒りをぶつけつつ、納得いかない様子で恭子に尋ねた。 「うるさい、清香! これ以上ごねると本気で怒るぞ? 川島さん……、レポート抜きで、どうして行く必要があるんですか?」 「それが……、真澄さんがホストクラブに詳しい友達に良いお店を紹介して貰ったそうで、行くのを凄く楽しみにしているんですよ。支払いも全部自分が持つから、心配要らないからと言っていて」  そう言って肩を竦めてみせた恭子に、今度ははっきりと清人は舌打ちして毒吐いた。 「……全く、何を考えているんだ、あの人はっ!! とにかく中止です。彼女には俺から言います。分かりましたね?」 「はい、了解しました」  そうして早速真澄に連絡を取る為に、携帯電話を取り上げた清人を見ながら、清香と恭子は囁き合った。 「一体何なの?」 「ちょっと……、まあ、色々あって」 「もしもし、真澄さんですか? 清人ですが、川島さんから聞きましたが、何なんですか?」  苦笑する恭子の視線の先で、清人が電話の向こうと押し問答を始める。 「……は? そちらこそ、ふざけた事を言わないで下さい! 大体あなたって人は、昔から後先考えないで突っ走るわ、周囲の迷惑は考えないわで、どれだけ俺が迷惑を被っていると……」  延々と文句を言い合っている様なやり取りを聞きながら、清香は眉を寄せながら恭子に尋ねた。 「……ねえ、真澄さんは、今仕事中じゃないのかな?」 「偶々、手が空いていたんじゃないかしら? そうでなければ、あんな言いがかりに近い電話、まともに受けないと思うし」 「そうだよね。客観的に見て、今はお兄ちゃんの方が迷惑だと思う」  真顔でそう漏らした清香に、(それがそうでもないと思うんだけどね)などと思いながら、恭子は密かに笑いを堪えていた。

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