零れた欠片が埋まる時
第25話 思案の巡らせ方③

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「こんにちは、清香さん。聡の母の由紀子です。退院祝いに素敵なアレンジを頂いて嬉しかったわ。今日はゆっくりしていらしてね?」  早速丁寧な挨拶をされて、清香も笑顔で頭を下げる。 「初めまして、佐竹清香です。本日はお招きありがとうございます。あれを喜んで頂けて、私も嬉しいです」 「堅苦しい挨拶はそれくらいで、上がって頂戴?」 「はい、お邪魔します」  そこまでは全て順調に進んだかに見えたが、清香が靴を脱いで揃えられていたスリッパを履き、廊下を歩き出そうとしたところで、何故か彼女の動きが止まった。そうしてしげしげと自分の顔を見つめているのに気付いた由紀子は、不思議そうに彼女に声をかける。 「どうかしたの? 清香さん」 「いえ、あの……。由紀子さんと私は、初対面ですよね?」 「ええ、その筈だけど」 「何となく、初対面の感じがしなくて……。どこかでお会いした事が有るでしょうか?」 「さあ、そんな筈は……」 「無いと思うけど……」 (お通夜の時に一瞬顔を見られたのを、覚えていたのかしら? でもその事を言ったら、どうしてその場に居たのか聞かれるだろうし) (よくよく考えたら、兄さんの容姿は母さん似か? まさかこんな基本的な所でばれるとは)  首を捻って考え込んでしまった清香に、適当な切り返しの言葉が咄嗟に浮かばない由紀子と聡が、揃って固まった。しかしそこで、救いの手が差し伸べられる。 「世の中には、そっくりな顔の人間が、三人存在すると言いますから。どこかで妻と酷似した人間を、見た覚えがあったのかもしれませんね」 「あなた!」 「父さん」  そんな言葉と共に、廊下の向こうから勝がのっそりと現れた為、由紀子と聡は驚きの声を上げた。そんな二人を、勝が軽く睨み付けながら促す。 「客人をいつまで玄関先に立たせているつもりだ? さっさと中に案内したらどうだ」 「あ、は、はい。清香さん、こちらへどうぞ」 「ああ、紹介するよ。俺の父で小笠原勝です」  その場を取り繕う様に、慌てて聡が父を紹介すると、清香も慌てて挨拶して頭を下げた。 「は、初めまして。佐竹清香です」 「こちらこそ」  清香の挨拶に素っ気なく一言返しただけで、勝はさっさと奥へと戻っていった。それを見て小さく溜息を吐く清香と、内心で怒りを露わにする聡。 (うっ……、何か気難しそうなお父様。社長さんだから、これ位当然かしら?) (あんの朴念仁! 誤魔化してくれたのは助かったけど、少しは愛想笑い位しろよっ!)  互いに何とか笑顔を貼り付けながら広い廊下を進み、全員リビングへと移動した。触り心地と座り心地が抜群の応接セットに、清香が促されるまま腰を下ろし、他の者が空いている席に座って和やかに会話が始める。 「今日は、わざわざ足を運んで貰って嬉しいわ」 「いえ、大した事じゃありませんし。それよりお母様……、えっと、由紀子さんとお呼びしても、良いですか?」 「ええ、勿論構わないわよ? 若いお友達ができたみたいで嬉しいから」 「由紀子さんは、その後体調の方は大丈夫ですか?」  清人に「退院直後で相手に迷惑」と言われた事もあり、自然に気遣う言葉が出たのだが、それを聞いた由紀子は笑顔で経過を述べた。 「一応服薬は続けているし、月一回の定期健診は必要だけど、無理をしなければ大丈夫と言われたわ。至って順調よ」 「良かったですね」  心からの安堵の言葉を告げた清香に、聡も真顔で頷く。 「発作を起こして、倒れた場所が場所だったからね。すぐ適切な処置をして貰えたし」 「どこで倒れられたんですか?」  疑問に思って尋ねた清香に、聡がしみじみとその時の状況を語った。 「難病の子供が集まっている、小児病棟での慰問中に倒れてね。そのまま、その病院に入院したんだよ」 「それは……、本当に不幸中の幸いでしたね」  流石に驚きの表情を見せた清香だったが、納得して一人頷いた。そして思いだした様に、持参した白い紙袋を由紀子に向かって差し出す。 「あの、少しだけですけどお土産を持参しましたので、宜しかったら皆さんで召し上がって下さい」 「あら、清香さん、そんな気を遣って頂かなくても良いのに」 「いえ、やはり初めてのお宅に、手ぶらでというのは少し気が引けまして。こんなご立派なお宅なのに、ほんの少しで却って申し訳無いのですが……」 「あら、そんな事言わないで。ありがたくいただくわ」  恐縮気味に述べた清香に対し、最初は断りを入れた由紀子もそれ以上固辞する事はできず、笑顔で紙袋を受け取った。すると続けて清香が恐る恐る尋ねてくる。 「それで……、今更なんですが、聡さんに事前に聞いておくのを忘れていまして。和菓子の類が苦手な方はいらっしゃいますか?」 「いいえ? 皆大好きだから安心して?」  笑顔で請け負った由紀子に、清香は安心した様に満面の笑みを浮かべた。 「良かった! 中身は《すみのや》って言う神田にあるお店の、練りきりと塩饅頭なんです。とっても美味しいんですよ?」 「え!?」  清香が嬉しそうに述べた瞬間、小笠原家の面々は揃って驚きの声を上げた後、彼女と何のロゴも店名も入っていない白無地の紙袋を、交互に見やって固まった。

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