零れた欠片が埋まる時
番外編 佐竹清人に関する考察~佐竹清香の場合②

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 ※※※ 「あ、あの~、聡さん? 私、こんな高そうな服、また頂く訳には。この前、ホワイトデーのお返しに、買って貰ったばかりなんですけど……」  デート中に立ち寄った店で、例によって例の如く聡や店員に囲まれて服を見立てられていた清香が、ごくごく控え目に異議を申し立てたが、聡は平然と笑い返した。 「ああ、これは遅れた二十歳のお誕生日祝いの分だから、気にしないで? その直後に知り合ったから、贈るのをすっかり失念していてね」 「えっと……、二十歳になってから、もう五カ月経過してるんですけど。それなら、二十一歳になった時にでも……」  そんな事をもごもごと弁解する清香を眺めていた聡だったが、ここで真顔で呟いた。 「……何だか段々、この服に合わせたアクセサリーも買いたくなってきた」 「え?」  冷や汗が流れるのを自覚しながら清香が尋ね返すと、聡はにっこりと笑い返しながら、とんでもない事を言い出す。 「何だか、時間が経てば経つ程、買う物が増えそうだね?」 (『増えそうだね?』が『増えるから』に聞こえる! 何かお兄ちゃんに通じる物があるかも……)  清々しい笑顔を振り撒く聡に、清香は思わず顔を引き攣らせた。と同時に両手に一つずつ持っていたハンガーを見下ろして、本気で途方に暮れる。 (と、取り敢えず、早くどちらかに決めないと、買う物が増えちゃう。うぅ……、どうしよう)  清香が二枚の服を選びあぐねて困っていると、ショルダーバッグの中で携帯電話の着信音が鳴り響いた。 「え? ちょっと失礼します」 「ああ、良いよ?」  ハンガーを二つ聡に預けた清香は、慌ただしくバッグから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押して話し出した。 「もしもし、お兄ちゃん、どうしたの?」 「……兄さん?」  条件反射的に聡が僅かに顔を引き攣らせるのを認めた清香の耳に、清人の困惑気味の声が届いた。 「いや、今何となく、清香が悩んでいる様な気がしてな。今、ひょっとして、手にサーモンピンクとペパーミントグリーンの物を持っていないか?」  その問い掛けに、清香は怪訝な顔で聡の手にある物を見やった。 「確かに持っていて、今聡さんに預かって貰ってるけど……、どうして?」 「何となく、清香がそんな色の物で悩んでいる気がしたものから、電話してみた」 「気がしたって……、あの、お兄ちゃん?」  戸惑いが最高潮に達した所で、清人が幾分強い口調で言い聞かせてくる。 「悪い事は言わん、サーモンピンクの方にしろ。それじゃあ邪魔したな」 「え? あ、ちょっと、お兄ちゃん!?」  言うだけ言ってあっさりと清人が通話を終わらせると、清香は半ば呆然としながら携帯電話を耳から離し、手の中のそれをまじまじと見下ろした。そんな彼女を見て、聡が怪訝な顔で声をかける。 「清香さん、兄さんがどうかしたの?」 「それが……、私が『サーモンピンクとペパーミントグリーンの物で悩んでいる気がした』と言われて……。それで『サーモンピンクにしておけ』と……」  それを聞いた聡は、辛うじていつもの口調で感想を述べた。 「……へぇ、凄い偶然だね」 「お兄ちゃんって、時々物凄く、常人離れした所が有りますから。じゃあこっちにします」 「ああ、決まって良かったよ」  一人納得して片方を選んだ清香に、聡は引き攣った笑みを向けた。  そして場所は変わり、昼の時間帯に某レストランに聡ともに赴いた清香は、再び危機に直面していた。 「さあ、好きなのを選んで良いよ? どれにする? 決められなかったら、俺が選んでも良いかな?」 「え、えっと……、一応メニューを見てみますので……」 「勿論構わないよ?」  愛想良く笑う聡の視線から顔を隠す様に、清香はメニューを開いて中を隅々まで確認し始めた。 (うぅ……、ドレスコードが必要な超高級店ではないにしろ、やっぱりそれなりのお値段……。聡さんにお任せしたら、滅茶苦茶高額コースになりそうだし、どうしよう……)  そんな風に困惑していると、バッグの中で再び携帯電話がメールの着信を伝えてきた。 「……すみません、ちょっと失礼します」  聡に断りを入れて椅子に置いておいたバッグから携帯電話を取り出した清香は、送信者の名前を見て戸惑った声を上げた。 「お兄ちゃん? ……え?」 「どうかしたの?」  そのまま黙ってディスプレイを凝視していた清香に聡が声をかけると、清香は困惑も露わな口調で答えた。 「その……、お兄ちゃんからメールで……、『奢るって言う相手の顔を、変な遠慮して潰すなよ? お前が恐縮する気持ちは分かるが、仮にも一人前の社会人なら、相手が負担に感じる様な最上級コースとかは間違っても注文しない筈だからな。安心して奢られろ』だそうです」 「……はは、それはまあ、一番安い物を頼んだりはしないけど、一番高額なコースを頼んだりしたら、清香さんが負担に思う位分かっているよ?」  ヒクッと顔を引き攣らせながら聡が応じると、清香が救われた様に聡に笑顔を向ける。 「ですよね? やっぱり良く分からないので、注文は聡さんにお任せします」 「……ああ」  それから終始笑顔の清香に対し、聡はさり気なく周囲に視線を向けながら、落ち着かない気持ちで食べ終えたのだった。

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