「う~ん、やっぱり社長の息子って分かると、社内で色々大変なのかな。あまり気にしなくても良いんじゃないかと思うけど」 リビングで首を傾げながら清香が携帯を閉じると、パジャマ姿で起き出してきた清人がドアから顔を覗かせていた。 「清香? 誰かと電話してたのか?」 「うん、小笠原さんと」 「小笠原?」 途端に目を細め、ピクリと眉を動かした清人に、清香が事も無げに聞いた内容を伝える。 「角谷さんの事。初めて会った時、つい職場で使ってる通称を名乗ってしまって、今までうっかり訂正するのを忘れていて申し訳無かったって謝られたの。別に大した事無いのに、律儀な人だよね」 「……へぇ、つい、うっかり、ねぇ」 かなり皮肉を交えた清人の口調だったが、自分の考えに浸っていた清香はそれに気がつかなかった。 「それにね? お兄ちゃんの具合を心配して、わざわざ電話してくれたの。お店に置き去りにしちゃって失礼な事をしたのに、気を悪くしたりしないで。やっぱり思いやりのある、優しい人だわ。そう思わない?」 「……ああ、そうだな。今度本を渡す時にでも、俺も礼を言っていたと伝えてくれ」 苦々しい思いを抑えつつ清人が型通りの受け答えをすると、清香は益々嬉しそうに言い出した。 「うん、ちゃんと伝えるね。それで、そんな優しい人のお母さんってどんな人だと思う?」 「さあ、どんな人だろうな……。あまり想像できないな」 話が嫌な方向に向かって行くのを察した清人は、不機嫌そうに話の流れを断ち切ろうとしたが、清香は思うまま話し続ける。 「やっぱり凄く優しくて、子供思いの人だと思うなぁ。あのカバーを見ても繊細で上品そうな印象を受けるし、一度会ってみたいなぁ、なんて」 「駄目だ!!」 「お、お兄ちゃん? 急にどうしたの?」 突然自分の台詞を遮って怒鳴った清人に、清香は驚いて目を丸くした。次いで恐る恐る清人に問いかけると、清人は幾分バツが悪そうに目を逸らしつつ、しかし語気強く言い聞かせてくる。 「その女性は病気で入院中なんだろう? 経過が良いと言っても見ず知らずの他人が押し掛けて良い状態の筈が無い」 「それは勿論、そんな事はしないわよ? 会えるなら会ってみたいなって言ってみただけで」 「それから、その小笠原さんとやらの前で『お兄ちゃん』とか連呼してないだろうな?」 「え?」 慌てて弁解しようとした清香だが、今までまさに清人の事をそう連呼していた清香は固まった。それを見越した様に清人が畳み掛ける。 「常々『子供扱いされたくない』と文句を言ってる割には、言動が子供じみているぞ。相手がそういう風に気遣いができる大人で、それにふさわしい言動をしているなら、対するこちらもそれ相応の対応が必要なんじゃないか? 俺に向かって『お兄ちゃん』と呼び掛けるのは構わないが、他人に向かっては『兄』と表現する位の分別は持って欲しいものだな。清香はもう二十歳なんだし」 「……はい」 「そして、必要以上相手に馴れ馴れしい態度を取らないのが、本当の大人というものだろう。これからは今まで以上に、言葉遣いに気をつけろよ?」 「気をつけます」 「じゃあ、俺は水を飲んで寝るから」 「うん、おやすみなさい」 すっかり項垂れてしまった清香を見て、清人は八つ当たりだと完全に理解していたものの、怒りを抑える事ができず、素っ気なく言い捨てながら踵を返した。
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