待ち合わせした日曜日。都心から一時間ほど、愛車のBMWを軽快に走らせてきた聡に、助手席の清香が笑顔を向けた。 「聡さん、もうすぐ着きますけど、道場の近くには駐車場が無いので、駅前の駐車場に入れて少し歩きますね?」 「分かった。もう少し近くなったら、誘導してくれるかな」 「はい」 そこで来る道すがら、清香から聞いた話を思い返しながら、聡が運転しながらしみじみと呟いた。 「だけど……、清香さんのご両親が結婚する時は、大変だったんだね」 「ええ、お母さんは私が大きくなってからも、散々文句を言って悪態を吐いてましたね。向こうからの連絡も、皆無でしたし」 「そうなんだ……」 (しかし従兄弟達は、あの通り、平気で接触してるよな?) 今まで疑問に思いながら、つい詳細を聞きそびれていた事を、時間潰しに聞いてみた聡だったが、尋ねた途端、清香が激しい口調で両親の結婚に至るいきさつを語り出し、その一分後には激しく後悔していた。しかし清香が一通りの事情を語り尽くした後も、聡は疑問を完全に払拭できなかった為、さり気なく尋ねてみる。 「因みに、お母さんの旧姓は何て言うの?」 「旧姓、ですか? そう言えば、何だったかしら? でも、未来永劫関わり合う筈の無い人達ですから、知らなくても全然支障ありませんから!」 「は、はは……、それはそうか」 聡の問いに、清香は一瞬キョトンとしたものの、すぐに苦々しげに吐き捨てた為、聡は僅かに顔を引き攣らせながら同意した。 (やっぱり皆の素性は、隠したままなんだ。俺がそれをバラしたら、立場がより一層まずくなる事が、確実なんだろうな) そんな事を再認識して冷や汗を流しつつ、聡は清香の指示で駅前通りを走り、一本横の細い道に入って首尾良くコインパーキングに車を停めた。 「じゃあ行こうか」 「はい、こっちです」 車を降りた聡が清香の案内で歩き始めると、並んで歩く清香が深呼吸でもするように、軽く両手を広げながら呟いた。 「う~ん、やっぱり落ち着くな~」 その自然な笑顔に、聡もこれまで聞いた話を振り返りながら、笑顔で尋ねる。 「この辺に、ご両親が亡くなるまで住んでいたんだよね?」 「はい、もう少し歩いて坂を上った所に、住んでいた団地があります。あ、あそこの商店街で、良く買い物をしていて」 再び広い道路に出た二人の向かい側に見える、アーケードの入り口を指差しながら清香が説明した為、思わず聡は笑顔で確認を入れた。 「ああ、いつか聞いた、清香さんがマスクメロンへの愛を、熱く叫んだ商店街?」 「聡さん! 笑わないで下さい!」 途端に顔を赤くして喰ってかかった清香に、聡はますます笑いを誘われた。 「ごめん、でも見てみたかったな、当時の清香さん。きっと可愛かっただろうし」 「もう! 聡さんって結構意地悪です」 プイと顔を背けてしまった清香を、聡が何とか宥めながら歩いていると、ふと彼女が思い出した様に言い出した。 「マスクメロンと言えば……。あの後、おじさん達と初めて顔を合わせたんだっけ。思い出したわ」 「え? おじさん達って、誰の事?」 不思議に思って尋ねると、清香は懐かしそうに当時の事を語った。 「実は商店街で『マスクメロンが欲しい』とゴネた直後、お母さんと幼稚園から帰宅したら、お客さんが三人いて。お母さんが『清香、ご挨拶しなさい。“お父さんと昔からの知り合いの”柏木さんと倉田さんと松原さんよ』と教えてくれたんです。そして何故かおじさん達全員、マスクメロンをお土産に持って来ていまして」 「……へぇ、豪勢だね」 何とも言えない表情で取り敢えず感想を述べた聡に、清香は大きく頷いた。 「そうですよね。それに三人ともだなんて凄い偶然。それで私、夢にまで出てきたマスクメロンが三個も目の前にあって、もう嬉しくて嬉しくて!」 「それはそうだろうね」 「皆『さあ、私の持ってきたメロンも食べなさい』と次々勧めるからウキウキで食べて、食べ過ぎてお腹が痛くなったというオチなんですけど。それ以降“マスクメロンのおじさん”って、三人に凄く懐いちゃいました」 喜色満面で当時の事を語る清香から、聡は何となく視線を逸らしてから、再度慎重に問い掛けてみた。 「清香さん……、柏木さん達が来ている間、お母さんはどんな顔をしていたか覚えている?」 「どういう意味ですか?」 「その……、迷惑そうとか、睨んでいたとか……」 それを聞いた清香は不思議そうな顔をしながらも、真面目に答えた。 「最初から最後まで、もの凄くにこにこしていましたよ? 帰ってからも文句とか言いませんでしたし、その後尋ねて来た時も、いつも笑顔で応対してました」 「そうなんだ……」 (なんとなく分かった……。恐らく柏木サイドが香澄さんと和解したくて、周囲を興信所とかで探らせてた時、マスクメロンの話を仕入れたんだ) そこまで考えた聡は、かつての地元であるこの周辺の事について、嬉々として話している清香を、チラリと横目で見やった。 (それで喜び勇んで押し掛けて、清香さんに好印象を持たれるのには成功したものの、恐らく終始怖すぎる笑顔の香澄さんから『余計な事を清香に一言でも漏らしたら、承知しないわよ!?』とかの無言の圧力を受けて、実の伯父だと名乗れなかったんだな) そこで柏木兄妹双方の心境を思い、聡は思わず溜め息を吐いた。 (だが、そのまま十数年経過ってどうなんだ? しかも香澄さんはもう亡くなっているのに。香澄さんの執念深さもそうだが、妹の前にまず子供の懐柔をと、いそいそとマスクメロン持参で、ご機嫌取りに出向くのもどうかと。柏木三兄弟と言えば、柏木総一郎氏の長男である雄一郎氏は勿論、婿入りした次男、三男も、業界内ではいずれ劣らぬ切れ者揃いと評判なのに、そんなイメージが音を立てて崩れていくぞ) 「……さん、聡さん!」 「え? 何?」 強い口調での呼び掛けに思考を遮られ、慌てて聡が清香に注意を向けると、彼女は幾分心配そうに聡を見上げてきた。
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