零れた欠片が埋まる時
第5話 秘められた確執③

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「前会長がいよいよ駄目らしいって事になった時、自分の死後、今現在辣腕を振るっている婿養子の勝社長が、会社を私物化するんじゃないかと不安になったらしい。まだ孫は学生だったし、幾らかでも社長の重しになる駒が必要と考えたんだな。入院先から弁護士を介して『相続人に加えてやるから、大して金にもならんくだらん物書きなど止めて小笠原の経営に参画しろ』と命令してきたそうだ」 「……馬鹿か?その祖父さん」 「見苦しいね、人生の最後に」 「清人さん、怒ったよな。『くだらん物書き』呼ばわりされて」  ある者はがくりと項垂れ、またある者は溜息を吐いて清人に同情したが、続く浩一の言葉に全員固まった。 「当然だ。会長の病室に、山ほど仏花を送りつけようとした」  言われた内容が一瞬理解できなかった一同は、頭の中でそれを反芻してから引き気味に感想を述べた。 「いや、幾らなんでも」 「さすがにそれはちょっと……」 「人間としてどうかと思う」 「第一、病室にそんな物を配達する花屋があるのか?」 「モラルに反するだろうが」  それを聞いた浩一が、事もなげに頷く。 「ああ、さすがに配達先を聞いたら、引き受ける所は無かったらしい。どう考えても嫌がらせにしか思えないし、それの片棒担いで店の信用を落としたくは無いだろうからな」 「それじゃあ清人さんは諦めたんですか?」  一縷の望みをかけて顔を引き攣らせながら明良が尋ねたが、浩一は苦々しく吐き捨てた。 「そんな訳あるか。昔からの付き合いで、あいつがやると言ったら手段を選ばず必ずやり遂げる奴だって事は、お前達も分かっているだろう?」 「言ってみただけです……」 「清人の奴、複数の花屋に日時を合わせて仏花を大量発注した後、その日に運転手付きで幌付きの軽トラック三台を手配して、その荷台に準備した花束を容器毎詰め込んで貰って、翌日の朝八時に入院先の玄関の車寄せに乗りつけやがったんだ」 「……げ、マジかよ?」 「病院の職員や警備員に、追い返されなかったんですか?」  その当然の疑問に、浩一は苦々し気に答えた。 「同時にガタイの良過ぎる体育会系の学生を、三十人も現地集合で動員してな。バイト料を提示した上で、『今から十五分以内に指定する病室にこの荷物を全て運び終えたら、各自プラス一万円の料金を支払うから頑張ってくれ』とやったそうだ。清人は『職員の妨害なんてものともせず、皆嬉々としてきっかり十五分でやってくれたぞ』と嬉しそうに言っていた」 「ただでさえその時間帯は、外来の準備とか夜勤と日勤の引き継ぎとか、検温採血その他諸々で職員が忙しい時間帯じゃないですか」 「それを狙ったな。……どこまでえげつないんだか」  過去に看護師と交際でもしていたかの様な冷静なコメントを零す友之に、呆れ果てた呟きを漏らす玲二。最早同意するのも馬鹿らしくなってきたらしい浩一が、淡々と話を続けた。 「職員に迷惑をかけたのは勿論、他にも入院患者が居る中、病棟をそんなものを抱えて走りまわられてはたまったものじゃない。百歩譲って菊の花束だけだったら病人の好みだと弁解も出来るが、当日持ち込んだのは菊の後ろにシキミが段々に整えられている奴だったから、どう見ても仏花以外の何物でもないからな。しかも『小笠原の指示で運び込んでますので、抗議は後から纏めて小笠原がお受けします』と叫ばせながら運ばせたそうで、後から会長側に『何を考えているんだ縁起でも無い!』と非難轟々だったそうだ。勿論激昂した前会長の指示で、遺言書から清人の名前は綺麗さっぱり削除された」 (人生の最後に、とんだ災難だったな……)  そこまで聞いた面々は、ほんのちょっとだけ前会長に同情した。そこで何を思ったか、急に浩一が座卓に両肘を付き、文字通り頭を抱える。 「その時の事を聞いた時、清人が『花が広い病室だけに収まらなくて廊下にまで溢れて、なかなか壮観な眺めだったぞ? そのまま憤死しそうな会長の記念写真を撮ってあるから見るか?』といいながら当時の写真を差し出してきたんだ。その時のあいつの、悪魔的な壮絶過ぎる笑顔っ……。今思い出しても寒気がする。それ以降、俺は絶対にこいつを本気で怒らせまいと、深く心に誓った」  本気で呻いている浩一を見ながら、他の者はさもありなんと頷いた。 「なるほど。そこまで拗れたら没交渉ってのも納得だな」 「互いに良い感情なんて持てないと思うし、妥当ですね」 「だけど今回、これまで一切面識の無かった弟が、清香ちゃんに接触を試みた、と」 「その前に、一度清人に電話をかけてきたそうだ。話を聞かずに即行でブチ切ったらしいがな」 「清人さんらしい……」  話が次のステップに進んだのを捉えて、浩一が顔を上げて経過を告げると、皆が苦笑いした。しかし続く台詞に、その場の空気が再び不穏なものに逆戻りする。 「その話を聞かされた時、俺が小笠原夫人が最近入院している事をあいつに教えたら、途端に嫌な顔をされてな」 「ちょっと待って下さい、浩一さん。それじゃまさか、その聡って奴が偽名を名乗ってまで清香ちゃんに近付いたのは、単に清人さんに渡りを付ける為だって言うんですか?」 「そうとは限らないさ、明良。偶々仕事上で使ってる通称で自己紹介して、偶々自分の異父兄が作家だって事を知らなくて、偶々知り合った女性がその人の異母妹だった事を知らなかっただけかもしれないだろう?」  飄々と口を挟んで来た友之に、明良が思わず白い目を向ける。 「友之さん、自分でも全然信じていない口調で言うのは、止めて貰えませんか?」 「はは、自分で言ってみても信憑性が無さ過ぎるな」  苦笑いで返した友之の横で、玲二が軽く腕を組みながら、納得したように頷く。 「う~ん、でも何となく分かったな、今回清人さんの反応が鈍かったわけが。全然気にしていない様でいて、やっぱり母親の話を聞いて多少は動揺しているとか? 締切位で清香ちゃんの観察を怠るとは思えなかったから」 「そうかもしれない」  浩一が賛同を示した所で、比較的大人しく話を聞いていた修が話を纏めにかかった。 「じゃあ取り敢えず、清人さんもそんな不純な動機で清香ちゃんに近付く男は即刻強制排除するだろうから、この際俺達も全面的に協力するという事で。清人さんには締め切りとやらが落ち着いた頃合いを見て、浩一さんか友之さんから報告して貰うって事でどうかな?」 「賛成」 「異議なし」 「右に同じ」 「全く厄介だな」 「本当に、他人の迷惑を考えて欲しいよな」  そんな風に兄弟従兄弟で意見の集約をみた所で、先程から議論の様子を窺っていた奈津美が、新しいつまみの小鉢と酒を運んで持ってきた。そして各人の前に手早く並べてから、最後に夫に配りつつ幾分探るように問いかける。 「さっきから随分物騒なお話をしているけど、もし万が一さっき言った様に何の下心も無く、偶然二人が知り合っただけだとしたら、その小笠原さんとやらをどうするつもり?」  その問いかけに、修達は淡々と言い返した。 「それは、まあ……、そうだな」 「俺達も鬼じゃないし?」 「一応、強制排除なんて手段は取りませんよ?」 「年長者としての立場から色々言い聞かせて」 「納得ずくで、自主的に身を引いて貰うとか」 「そんなところだろうな」 (どちらにしても、清香ちゃんの周辺からは排除する方針は変わらないわけね)  笑い出したくなるのを必死で堪えながら、奈津美は夫に言い聞かせた。 「どうでも良いけど修さん? 明日は月曜で朝からお仕事の方もいらっしゃるんだから、際限なくお酒を勧めちゃダメよ?」 「分かってるって!」  苦笑して頷いた修に、早速他の面々から冷やかしの声がかかる。 「おいおい、もうすっかり尻に敷かれてるな~」 「何とでも言え! 家庭円満の秘訣は、何と言っても黙って女房の尻に敷かれてやる事だ。覚えとけ、この独り身集団!」  ふんぞり返った修の言葉に、傷ついたように玲二が胸を押さえてみせた。 「はあぁ~、言われちゃったよ」 「独り身集団で思い出したな、清香ちゃんへの求婚指令。どうする?」 「取り敢えずそいつの邪魔をしつつ、清香ちゃんとデートしてアリバイ作りにするか?」 「そうだな、あの祖父さんの事だ。俺達に尾行を付けて、清香ちゃんと接触が無いと呼び出されて説教されかねない」 「じゃあそういう事で、当面の方針は決まったな」  そんな風に賑やかに、《くらた》での夜は更けていった。

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