「あの……、清香、さん?」 「はい、なんでしょうか?」 その緊迫感溢れる雰囲気と表情に、清香以外の全員が瞬時に話を止めて事態の推移を見守る。 「今まで黙っておったが、清香さんは…………」 そこまで言って言葉を途切れさせた総一郎に、清香は本気で首を傾げた。 「何か?」 「その……、儂、の……、ま……」 「はい?」 そのまま次の言葉が出てこない総一郎に、清香が(どこか急に具合が悪くなったのかしら?)と本気で心配しかけたその時、漸く総一郎が言葉を絞り出した。 「ま……、饅頭を食後のお茶請けに準備したんだがの。若い娘さん相手では、もうちっとハイカラな物の方が良かったかの?」 その台詞に、ある者は盛大に溜息を吐き、ある者は頭を抱えたが、真澄は心の中で容赦なく実の祖父を罵倒した。 (いい加減にしなさいよ、このチキンじじいっ!!) そんな一同の心境など分かる筈も無い清香は、笑って告げる。 「いいえ、とんでもない! お饅頭は大好きです」 「そ、そうか。それなら良かっ」 「私もお兄ちゃんも和菓子の類は好きで、時々贔屓の店にお使いを頼まれる位ですから」 予想外の人物の事が話題に上った瞬間、総一郎の顔が僅かに引き攣った。 「ほ、ほう……、お兄さんも好きかの」 「はい。もうお酒が強くてザルな癖に、甘い物にもこだわりを持ってて。ですから、お兄ちゃんが美味しいと言った物は絶品なんですよ? 良かったら今度、お持ちしますね?」 「……それは嬉しいの」 親切心から申し出た清香には一応笑顔を向けたものの、声の調子が冷えたものになったのを感じた真澄は、話題を逸らそうと慌てて清香に声をかけた。 「あのっ! 清香ちゃん、今日身に付けてるそれって、成人のお祝いにお父様達が贈った物よね? 良く似合ってるわ」 「うんうん、清楚さと気品溢れる装いじゃな。それに実際使っている所を見せるのは、贈った者への何よりの礼じゃ。清香さんは人情の機微を分かっている、若いのに似合わずできたお嬢さんじゃな」 その姿を改めて見やり、それですっかり機嫌を直した総一郎が清香を手放しに褒めると、清香が若干照れながら弁解した。 「いえ、あの、そんな大した事じゃありません。せっかくだから付けている所を見て貰いなさいって勧めたのは、お兄ちゃんですし」 「……ほう」 「あ、そ、そうだったの」 「本当にお兄ちゃんって、些細な所まで目配り気配りできる人なんです。私も見習わないといけないと思っているんですが、なかなかそうはいかなくて」 「…………」 しみじみと清人を褒める清香に、総一郎は表情を消して無言になった。益々危険な物を感じた真澄は、内心の動揺を押し隠しつつ事態の打開を図る。 「えっと……、清香ちゃん? 例のアレンジなんだけどお祖父様が気に入って、仏間に飾ってお祖母様に見せているのよ」 「お祖母様、ですか? 仏間って……」 当惑した清香に、総一郎が幾分寂しそうに真澄の説明に付け加えた。 「ああ、儂は連れ合いを、二十年近く前に亡くしておっての。あれが生きていた時代にはああいう物は無かったから、綺麗な物が好きだった澄江が見たら、喜ぶと思ってな」 それを聞いた清香は納得した様に頷き、しみじみと言い出した。 「奥様は澄江さんって仰るんですか。総一郎さんの奥様なら、きっと素敵な方だったんでしょうね」 「そう思ってくれるかの?」 「勿論ですよ。だって息子のおじさん達も孫の皆さんも、揃って美形で優しい人ばかりですもの」 笑って断言した清香に勇気を貰った様に、総一郎が口を開いた。 「そう言って貰えると嬉しいの。だが実は、清香も澄江の」 「だから皆で集まると、私一人醜いアヒルの子みたいなんですよね。お兄ちゃんは皆に混ざっても、違和感無い位美形で存在感を醸し出してるのに。やっぱり母親が違うと、その違いが結構見た目に出るんでしょうか?」 せっかくの告白を遮られた挙げ句、謙遜して「あはは」と笑ってみせた清香に、総一郎は思わず腰を浮かせて叫びかけた。 「そんなわけあるか! 儂の娘があやつの母親に負」 「清香ちゃん! さっきから見てたんだけど、そのバレッタ、素敵ねっ!」 そこで総一郎に負けない位の大声で真澄が会話に割り込み、それと同時に清香の肩を掴んで、強引に反対側の自分の方を向かせた。その乱暴な振る舞いに驚きながらも、真澄に向かって清香が律義に答える。 「はい、お兄ちゃんも今日の出で立ちには似合うなって、出掛けに誉めてくれました」 「……そう、それは良かったわ」 (もう嫌っ! どうして振る話題が、悉く清人君に繋がるわけ!?) (清人が度が過ぎたシスコンだって事は頭に入れてたが、清香ちゃんも相当なブラコンだって事を、すっかり忘れていたな……) 真澄と浩一が激しい頭痛を覚え始めたその時、何とか平常心を取り戻した総一郎が、再度真顔で清香に声をかけた。 「清香さん。改めて話があるんじゃが」 「はい、何でしょうか?」 再び自分の方を向き直った清香に、総一郎は深呼吸してから徐に話し出す。 「その……、真澄から聞いたんじゃがの。清香さんは、母方の親族とは疎遠じゃそうだが……」 「はあ、確かにそうですが、もっと正確に言えば疎遠では無くて没交渉です」 「清香さんは……、その人達と会ってみたいとは思わんかの?」 恐る恐る問いかけたそれに、清香が平然と答える。 「会えるなら、それを回避するつもりはありませんよ?」 「それは本当か!?」 思いもかけない言葉に、総一郎が喜色を露わにして僅かに膝を進めたが、対する清香の答えは容赦の無いものだった。 「ええ。もし会う機会があったら今度は私がボコボコにしてやろうと思って、お兄ちゃんと一緒に幼稚園の頃から道場通いをしましたし。だってお母さんが『清吾さんと清人君の前で土下座して、四つん這いのままその場で三回回ってわんって吠えて、靴の裏を舐めるのを見たら、二人に対してしたあれこれを、全部許してあげても良いわ!』って断言してましたから、娘で妹の私はそれくらいかなと思いまして」 「……………………」 事も無げに清香が口にした内容に、総一郎は再び表情を消して黙りこみ、その息子達は(香澄、お前それは厳し過ぎるだろう)と父の心情を慮って密かに涙し、孫達は(だから柔道を習ってたんだ。単に大好きなお兄ちゃんにくっついて、通っていたんだと思ってた)と頭を抱えた。そこで何故か清香が苦笑して、小さく肩を竦めながら話を続ける。 「と、一昨日までは、固く心に誓っていたんですが……」 「は? そうすると、昨日どうかしたのかの?」 微妙な所で言葉を区切った清香に総一郎が不思議に思って仔細を尋ねると、清香が真顔で言葉を継いだ。 「昨日、ある人に同じ様に母の親族の話をした時、言われた事があるんです」 そうして清香は前日の聡とのやり取りを、簡潔に語って聞かせ始めた。
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