零れた欠片が埋まる時
第29話 女達の策動③

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「もしもし、佐竹ですが……。どうかしましたか? 清香に用なら、まだ帰っていませんが」  そろそろ夕方になろうかと言う時間帯に、自宅にかかってきた電話に応対した清人は、その相手と伝えてきた内容に戸惑いの表情を見せた。 「は?」  思わず疑問の声を上げたものの繰り返し要求され、大人しく指示に従うべく電話を保留にして仕事部屋へと向かう。そしてドアを開けて中で資料整理をしていた恭子に声をかけた。 「川島さん。真澄さんから電話で、君に代わって欲しいと言われたんですが……」 「あら、珍しいですね。こちらにかけてくるなんて」  まだ戸惑いながら伝えた清人に、恭子は椅子から立ち上がりながらあっさりと返した。それに逆に驚きの表情を見せる清人。 「個人的に会っているんですか?」 「ここで引き合わせてくれたご本人が、今更、何を言ってるんですか。ごく偶にですけど、一緒に食事したり買い物に行ったりしていますよ?」 「……知らなかったな」 「お話ししていませんでしたか? あ、それより電話!」  クスクス笑いながら指摘した恭子だったが、清人には予想外の取り合わせだったのか、些か呆然とその話を聞いていた。そして真澄を電話口で待たせている事に気付いた恭子が、慌ててその室内にある電話の子機を取り上げて会話を始めた。 「もしもし、真澄さんですか?……はい、恭子です。お待たせしました。今日はどうしてこちらに電話を?」  何となくその場に立ったまま清人がその様子を窺っていたが、話している間に恭子が当惑した声を出す。 「すみません、そう言えば携帯の電源を落としていました。…………え?」  その声を発したと同時に何故か恭子は背後を振り返り、一瞬清人とまともに目が合った。しかしすぐに視線を逸らして、真澄の話に耳を傾ける。 「はい、…………はい、分かりました。ええ…………、それならちょうど良かったです。確認して、今夜か明日にでもお返事します」  最後は何故か笑いを堪える表情になった恭子は、終始友好的に話を終わらせた。 「ええ、それじゃあまた」  そして子機を元の位置に戻すと同時に、清人が怪訝そうに尋ねてくる。 「彼女、何の用だったんですか?」  それに対し、恭子は清人の方に向き直りながら、楽しげに答えた。 「美味しいお店を見つけたそうで、そのお誘いです。一人客は目立つから嫌とかで、時々お付き合いしているんですよ」 「嫌なら、無理に付き合わなくても良いんですよ?」  真澄に無理やり連れ回されているのではと、幾分心配になった清人は探りを入れてみたが、恭子はその懸念を一蹴した。 「あら、私真澄さんと一緒にお食事するのを、毎回楽しみにしてますよ? 自分とは違うタイプの方ですから、思いがけない考え方とかが聞けて、楽しいですから」 「そうですか。それなら良いんですが……」  まだ今一つ納得できない表情で清人はリビングに戻って行き、その姿が完全に見えなくなってから、恭子はしみじみと考えた。 (先生の下で働く様になってから、口からでまかせが上手くなったわね……。喜ぶべきか悲しむべきか微妙だわ。さて……、そんな事より、頼まれた内容を確実にできる様に、段取りを考えておかないと……)  そんな風に清人の知らない所で、女達の共同戦線が構築されつつあった。  それから一時間ほどして、清香が元気に帰宅した。 「ただいま!」 「お帰り。ちょうど良かった。そろそろ出掛ける所だったから」 「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」  まさに玄関で鉢合わせ状態の清香に、清人は愛想良く笑いかけてから、背後の恭子を振り返って軽く頭を下げる。 「清香、戸締まりはしっかりとな。川島さん、十時までには戻るのでお願いします」 「了解しました」  すっかり心得ている恭子の頷きに、清香が一人むくれる。 「お兄ちゃんったら! もう子供じゃ無いんだから、川島さんに一緒に留守番をお願いしなくても」 「駄目だ」  清香に一言だけ言い聞かせ、清人は恭子の方に再び向き直り、小声で念を押した。 「……それでは川島さん。不審人物の排除は宜しく」 「どなたの事でしょう?」 「名前を口にしなければ分かりませんか?」  笑いを含んだその問いかけに、清人も同じ表情で返して来た為、恭子はそれ以上口を挟まず笑顔で頭を下げる。 「いえ、それでは行ってらっしゃい」  そうしてドアの向こうに清人が出て行くと、清香が憤慨してから恭子に向かって申し訳なさそうに言い出した。 「もう、お兄ちゃんったら! ごめんなさい恭子さん、遅くまで付き合わせて」  それに事も無げに答える恭子。 「料亭で出版社の接待だから、無碍に断れ無かったみたいね。清香ちゃんが心配で中座して相手方の心証を悪くするより、私が留守番する事で先生がきちんとお愛想笑いしてくれるなら、その方が私も気が楽だもの」 「それもそうね」  そこで女二人で顔を見合わせ、ひとしきり笑い合ってから玄関から奥へと移動した。 「さて、食材は十分に有るから何を作ろうかしら。清香ちゃん、何か食べたい物はある?」 「あ、私が料理するから恭子さんは待っていて? 久々に恭子さんに、料理の腕を披露したいから」  いつも泊まる時の様に、夕食の支度をしようと台所に入りかけた恭子だったが、ここで清香が自分が引き受けると言い出した為、少し驚いた顔をした。 「あら、良いの?」 「勿論」 「それじゃあお言葉に甘えて、先生のお部屋から本でも借りて読ませて貰ってるわ」 「じゃあついでにこのバッグを、私の部屋に置いて貰えますか? 料理ができたら呼びますね」  恭子は清香からバッグを受け取り、台所に入った清香に背を向けて彼女の部屋へと向かった。そして邪魔される事無く室内に入り込む。 (さて、ここまでは予想外に上手くいったけど、どうかしらね……)  考え込みながらベッドの上にバッグを置き、中から清香の携帯を取り出した。そしてベッドに座りながらその設定を確認しようとすると、案の定暗証番号の入力画面が出てくる。 「えっと……、流石にロックがかかってるわね」  そう呟いてから恭子は取り敢えず試しに四桁の数字を入力したがエラーになり、次いで少し考えてから駄目でもともとの気分で更に四桁を入力してみた。しかし予想に反してあっさりロックが外れてしまった為、思わず片手を額にやって深々と溜息を吐きだす。 「清香ちゃん……、自分の誕生日じゃ無いのは誉めてあげるけど、先生の誕生日だなんて、先生を喜ばせるだけだから」  そして何とか気を取り直してから、恭子は聡からの通話やメールの着信拒否設定を次々と首尾良く解除し、携帯をバッグの中へと戻した。 「……これで、修正完了っと。まだもう一仕事、残ってるけど。先生に意趣返しする為に、先生にも清香ちゃんにも気取られ無い様に誘導するなんて、厄介よねぇ」  そんな事を幾らか疲れた様に呟きながら、恭子は清香の部屋を後にしたのだった。

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