明日の事を口にした途端、何となく沈鬱な空気を醸し出し始めた清香を、聡は苦笑いしながら、何とか宥めようと試みた。 「そう心配しなくて良いよ、清香さん。皆も清人さんとは、普通の血縁者以上に仲が良いだろうし。……特に清香さんに関する事では、一致団結していると思う」 「それは十分、分かっていますけど……」 「清香さんが寂しい思いをしない様に、また招かれる機会とかがあれば、きっと他の皆が、清人さんも招待しようと言い出すよ。実際、先生は人間的にもごく一部を除けば立派な人だし、総一郎氏も大部分では、気に入ってくれると思うから」 (そのごく一部が、もの凄くえげつないんだが……) 清香に全面的に嘘を言うつもりはなく、微妙な言い回しで清人の事を評した聡だったが、それを全面的な褒め言葉と受け取った清香は、嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとう、聡さん。何か変な気を使わせてしまったみたいで、ごめんなさい」 「いや、本当の事だから」 そうして幾らか元気を取り戻した清香と共に、綺麗に彩られた旬の料理を味わうのを再開した聡だったが、翌日の事に対しての懸念は捨て切れなかった。 (話の流れからすると、あの連中が従兄弟同士って事は告げても、清香さん自身の従兄弟にも当たる事や、総一郎氏が清香さんの母方の祖父という事までは、知らせていないって事だよな? 当日告白するつもりなのかもしれないが、そこに兄さんが不在と言うのが、どう転ぶのか全く予測できない……) そして暫くの間、上の空気味に、清香と会話をしながら密かに悩んでいた聡は、箸置きに静かに箸を置いて、清香に声をかけた。 「……清香さん、話があるんだけど」 「はい、何ですか? 聡さん」 「以前聞いた、清香さんの母方の親族の事だけど……」 そう聡が口にした途端、清香は嫌悪感一杯の表情で、聡に文句を言った。 「聡さん! せっかく美味しく食べている時に、不愉快な話題を持ち出さないでくれますか? せっかくのお料理が不味くなります!」 「俺としても、君の気分を悪くしたくは無いんだけど。一度は言っておこうかと思ったから」 「何をですか」 不機嫌さ丸出しで応じた清香だったが、聡は気を悪くする素振りは見せないまま、慎重に口を開いた。 「一つ確認なんだけど、清香さんのお母さんは、清香さんに自分の身内についての文句を言っていても、お父さんと先生は何も言って無かったんだよね?」 「そうですよ。以前にもそう言いませんでしたか? 全く、二人揃って大怪我させられたくせに、お父さんもお兄ちゃんも人が良いんだから!」 当時を思い出して憤慨する清香に、聡が尚も言葉を選ぶ様に質問を続ける。 「文句を言わないどころか、お母さんが文句を言う度、窘めたりしていなかった?」 「してましたよ? 『子供に向かって、つまらない事を吹き込むのは止めなさい』って。それがどうかしたんですか?」 そこで聡は、幾分躊躇いがちに言葉を継いだ。 「……お母さん、口で言うほど実家の人達の事を、怒っていなかったんじゃないのかな」 「はぁ? どうしてそうなるんですか!?」 わけが分からないといった感じで怒りの声を上げた清香に、聡が真顔で自分の考えを述べ始めた。 「これは、あくまで俺個人の考えなんだけど……。お父さんと先生には、結果的にお母さんを実の家族と引き離してしまったっていう負い目があって、怪我をさせられたのは仕方が無いと思っていたんじゃ」 「確かにそうかもしれないけど、それでよってたかって袋叩きにして良いわけが無いですよ!?」 聡の話を遮って机を叩きながら訴えた清香だが、聡は机に片肘を付き、疲れた様に溜め息を吐きながら懇願する。 「ごめん、清香さん。取り敢えず最後まで、俺の話を聞いてくれるかな」 「……分かりました」 話の腰を折った自覚はあった清香は、真剣な聡の表情を見て何とか怒りを抑えた。その状態を確認してから、聡が再度口を開く。 「それで、二人が恨み言の一つも言わないから、一方の当事者のお母さんとしては、逆に辛かったと思うんだ。二人に訴えても恐らく困った様に宥められるばかりで。だからついつい清香さん相手に、殊更文句を言っていたんじゃないかと思う」 「どうして部外者の聡さんが、分かった様な事を言うんですか?」 淡々と言い聞かせる様な口調に、清香が反発心を覚えて半ば拗ねながら嫌味を言うと、聡は苦笑いしながら推論を述べた。 「何となく、分かる気がするから。…………本当に心の底から嫌ってて会いたく無かったら、清香さんにそんな話すらしないよ、きっと」 「え?」 一瞬何を言われたか分からずにきょとんとした清香に、聡は苦笑を深めながら話を続けた。
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