零れた欠片が埋まる時
第35話 清香、人生最長の一日(1)②

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「真澄様、佐竹様がご到着されました」 「噂をすれば影ね。……まずこちらに案内して頂戴」 「畏まりました」  色々覚悟を決めた真澄が普段通りの顔で指示すると、相手の女性は一礼して応接室を出て行った。それを見送って、真澄は周囲の者達を見回す。 「皆、今日は宜しくね」  それに応じて全員無言で小さく頷くと、先程の女性に先導されてドアから清香が現れた。一抱えもある大きな花束を持って、ゆっくり真澄達の方に歩み寄って来る。 「真澄さん! 今日は招待して頂いて、ありがとうございます。迎えの車までよこして貰って、助かりました」  まず清香が礼儀正しく挨拶すると、それまでの不安など感じさせない様な笑みで真澄が応じた。 「それ位、気にしないで? こちらこそ、無理を言ってしまって悪かったわ」 「ううん、皆で集まるのは学祭で偶然顔を合わせて以来だし、嬉しくて、この一週間楽しみにしていたの」  ニコニコと心から嬉しそうに笑う清香に、思わずほっこりとその場が和む。 「そう? 俺達も清香ちゃんに会えて、凄く嬉しいよ」 「ああ、可愛げの無い祖父さんに会うためだとしてもね」 「もう、正彦さんったら口が悪いんだから。実のお祖父さんさんでしょう?」 「いや、だって本当に口うるさくて頑固で可愛げが無いんだよ? ……相手限定で、意気地なしでチキンだけどさ」 「結構可愛い、お祖父さんみたいじゃないですか」 「……随分豪胆な性格になったね、清香ちゃん」  正彦の愚痴に清香がクスクスと笑った所で、半ば呆れた様に明良が応じると、そこで真澄が清香が手にしている花束について尋ねた。  「ところでその花束、わざわざ持って来てくれたの? 気を遣わせちゃってごめんなさい。でも祖父が喜ぶわ」  すると、清香が幾分恐縮気味に言い出した。 「えっと……、恥ずかしいんですけど、これ、実はお兄ちゃんが準備してくれて……」 「え?」 「清人が?」  意外な事を聞かされて、真澄と浩一は揃って驚きの声を上げたが、それを受けて清香は淡々と説明を始めた。 「はい。私、何も考えないで手ぶらで出掛けようとしてたんですけど、午前中にお花屋さんが配達してくれて。『お前からと言って持って行け。慶事と弔事は、金を惜しむものでは無いからな』と言ってました。やっぱりお兄ちゃんは気配りのできる大人だなと、再認識して」  嬉しそうに清人自慢を繰り出す清香に、真澄と浩一の顔が微妙に引き攣った。 「そ、そうなの……。後から私からもお礼を言っておくわね?」 「清香ちゃん、それ、お祖父さんには自分からのプレゼントだって言ってね?」 「お兄ちゃんからって、言わない方が良いんですか?」  不思議そうに首を傾げた清香に、周りが焦りながら二人の発言をフォローする。 「そうじゃなくて……、支払いは清人さんがしたかもしれないけど、実際持って来てくれたのは清香ちゃんだし」 「可愛い女の子が持参してくれただけで、お祖父さんは満足だろうし」 「清人君は、あまりでしゃばった事はしたがらないタイプだしね」 「はあ……、分かりました」  何となく納得しかねる顔付きながらも、了承の言葉を返した清香に、真澄と浩一は取り敢えず安堵した。 (何とか、不安要素は回避できたかしら?) (詳細を聞いたお祖父さんが「こんな物受け取れるか!」とか喚いたら、一巻の終わりだからな)  そんな冷や汗ものの会話をしていると、応接室に入ってきた年長者達が、清香を見つけて歩み寄ってきた。 「清香ちゃんいらっしゃい!」 「やあ、久し振りだね、待っていたよ」 「雄一郎おじさん、玲子おばさんも、お久しぶりです!」  それを合図の様に真澄達は自分の親達に席を譲り、さり気なく窓際の方へ揃って移動した。そして雄一郎達が遠慮なく清香を取り囲む。 「元気そうだね。今日はわざわざありがとう」 「早速プレゼントを身に付けてくれているようだね。嬉しいよ」 「はい、せっかくだから付けてみようかと。和威おじさんも義則おじさんも、ありがとうございました」  淡いパステルグリーンの、胸元にゆったりとしたドレープが付いて裾が広がっているワンピースに、伯父達が送ったパールとプラチナで作られたネックレスとイヤリング、ブローチの三点セットは良く似合っていた。それを間近に目にする事が出来て、送った面々も満足そうに頷く。 「清香ちゃん、スポンサーは主人だけど、選んだのは私達なのよ? 忘れないでね?」 「やっぱり、私達の目は確かよね、良く似合ってるわ」 「はい、おばさん達のセンスは抜群ですから。本当に素敵な物を、ありがとうございました」 「まあ、清香ちゃんって、相変わらず正直で可愛いんだから」  嬉しそうに玲子達が笑いさざめいてから、ふと絢子が清香を眺めながらしみじみと言い出した。 「でも二十歳過ぎると、忽ち大人っぽくなるわねぇ……」 「そうよね、普段と全然雰囲気が違うし」 「おばさん達が寂しくなってしまうから、あまり早くお嫁に行かないでね?」  絢子の台詞に玲子と真由美が真顔で応じると、清香は激しく動揺しながら反論を繰り出す。 「おおお嫁って! まだ全然そんな事はないですから! 雰囲気が違うって言うのも、単に髪を下ろしてるせいだと思いますしっ!」 「あら、そう言えばいつもポニーテールですものね」 「そのハーフアップも似合ってるわ、清香ちゃん」 「バレッタもアクセサリーに合わせて、パールとシルバーなのね。素敵よ? 清人君が買ってくれたの?」  何気なく玲子が尋ねた一言に、清香が口ごもりながら答える。 「あ、いえ……、これはお兄ちゃんではなくて、昨日聡さんに頂きまして……」 「……聡さん?」 「いえっ! あのっ、何でもないですから!」 「………………」  怪訝そうに問い返した玲子に、清香は慌ててその場を取り繕った。

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