零れた欠片が埋まる時
番外編 とある指令についての会話①

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「ここのお料理、本当に美味しいです。流石真澄さん、情報通ですね」 「ありがとう。お値段も手頃だし、なかなかでしょう?」  真澄の平日休みに合わせて、清人から休みを貰った恭子は、待ち合わせた店で向かい合って座り、そんな会話をしながらランチを楽しんでいた。しかしふと気になっていた事を思い出し、真顔で真澄に尋ねた。 「……そう言えば、真澄さん。清香ちゃんから聞きましたが、バレンタインにチョコを二つ作ったそうですね」 「ええ、それが?」  手の動きを止めないまま真澄が平然と応じると、恭子が慎重に口を開く。 「一つは先生が食べているのを、実際にこの目で見たんですけど……」 「あら、素直に食べていたのね。ひょっとしたら、捨てたかもしれないと思っていたわ」  素直に驚きの表情を見せた真澄に、恭子は思わず手の動きを止めて呟いた。 「それは無いでしょう……」 「後が怖いから?」 「……まあ、そういう事にしておきましょうか」  疲れた様に溜め息を吐いた恭子を、真澄は不思議そうに見やった。 「何なの?」 「いえ、別に……」  そこで恭子は何とか気を取り直し、質問を続けた。 「それより……、もう一つのチョコがどんな人に渡ったのか、清香ちゃんが随分気にしていましたよ?」 「どうしてあのチョコを渡した相手の事が、そんなに気になるのかしら?」  怪訝そうに首を傾げた真澄に、恭子が笑いながら説明を加えた。 「多分、真澄さんが『チョコを作るのも渡すのも初めて』とか言ったので、清香ちゃんは今回渡した相手が、真澄さんの超本命かと考えたんじゃないですか?」 「え?」 「それで、もしその相手と結婚したりしたら、今までみたいに気安く付き合って貰えなくなるかも、とか思って寂しくなっているみたいですね」 「……ああ、なるほど。そう言う事ね。納得できたわ」  意外な話を聞いたとでもいう様に、一瞬戸惑いを見せてから真澄が小さく頷いた。そこに恭子が、追及の言葉を重ねる。 「それで? 本当の所はどうなんです?」  その問いかけに、真澄は少々悪戯っぽく笑いながら、詳細を語った。 「これは、まだ当分清香ちゃんには、内緒にしておいて欲しいんだけど……、清人君の他に聡君にもあげたのよ」 「聡さんに、ですか?」 「そんなに意外かしら?」  予想外の内容に、恭子が先程の真澄以上に戸惑った表情を見せると、真澄は苦笑を深めた。 「意外と言うか……、真澄さんが無駄な事を好んでするとは思えませんし、どんな理由で渡したのかと」 「あら、単に若いツバメが欲しかったから、と言うのが理由じゃ駄目かしら?」 「それなら、そういう事にしておきます。清香ちゃんが二重の意味でショックを受けそうなので、ここだけの秘密という事で」  そう言ってあっさりと食事を再開した恭子を見て、真澄は堪えきれずに吹き出した。 「お願いだから、そんなに簡単に納得しないで。聡君には彼の職場に、堂々と私の名前入りで送りつけたの」  それを聞いた恭子は再び手の動きを止め、考え込む素振りを見せてから、何やら納得した様に頷いた。 「……はあ、なるほど。先生の代わりに、単なる嫌がらせをしただけですか。その代償に、聡君は無事に、清香ちゃんのチョコを味わう事ができたと」  それを聞いた真澄が、思わずしみじみと呟く。 「本当に、恭子さんは頭の回転が早くて、話をするのが楽だし楽しいわ。他所から使えない部下を押し付けられるより、恭子さんが欲しいわね」 「ありがとうございます。……誉めて頂いたついでに、一つお願いして良いですか?」 「なあに?」 「ちょっと真澄さんを、口説いてみても良いでしょうか?」  にこやかに言われた内容を聞いて真澄は呆気に取られたが、すぐに顔付きを険しくして、恭子に問い質した。 「彼、今度はあなたにどんな無茶振りをしたの?」  その台詞に、今度は恭子が感嘆の溜め息を漏らす。 「流石ですね……。これだけのやり取りで、先生から私が何か言われたのが分かるなんて」 「分かるわよっ! これまでのあれこれを聞いていれば! 全くあの鬼畜野郎がっ!」  憤懣やるかたない様子の真澄を、恭子は苦笑いしながら宥める。 「そこまで言わなくても……、色々な意味でもう慣れましたし」 「友人として忠告するけど、慣れちゃ駄目よっ!」 「手遅れですね……。ですが流石に今回の指示は、正直持て余していまして」  うんざりとした表情を浮かべた恭子に、真澄は顔を顰めながら尋ねた。 「一体、何て言われたの?」 「『その気の無い女を、口説く人間の心理が良く分からないから、一つ試してみてレポートに纏めてくれ』だそうです」  それを聞いた真澄は、眉を寄せて何とも言い難い顔をしながら問い返した。 「自分で女を口説けば良いだけの話じゃないの?」 「私もそう言ったんですが、『大抵の女は、何をしなくても向こうから寄って来るし、口説くとすぐ落ちるから、そういう立場になった事は無い』と堂々と言い切られました」  それを聞いた真澄が、如何にも憎々しげに吐き捨てる。 「……見下げ果てた、最低野郎ね」 「それ位は口にしても、罰は当たらないですよね。本当に……、今回は危険手当も出ないのに、面倒臭い事を……」  ブツブツと文句を言う恭子を眺めて幾らか気持ちが落ち着いた真澄は、話を元に戻した。 「それで? どうして私を口説きたいのか、説明してくれないかしら?」 「男性を口説けと言われたら幾らでもできますけど、女性を口説いた事なんて皆無ですから、勝手が分からなくて……。ですから周りにいる女性の中で、なるべく格好良くて思わず口説きたくなる女性を対象にすれば、少しでもやりやすいかなと思ったんです」  真面目な顔でそう言われた真澄は、怒りも忘れて思わず笑ってしまった。 「誉めてくれてありがとう。だけどちょっと方向性が間違っていない?」 「そうですか?」 「確かに、その気の無い相手を落とす事は難しいわ。それに私、同性愛者でも無いし」 「それはそうですよね」  素直に頷く恭子に、真澄が言い聞かせる。 「清人君は特に『女を口説く女の心理をレポートに纏めろ』と言ったわけでは無いでしょう? 自分がそういう立場になった事がないからと、言った訳だから」 「はあ、まあ……、言われてみれば確かに」 「それなら、その気の無い女を口説く、男の心理を纏めれば充分じゃない」  自信満々に屁理屈を捻り出した真澄だったが、恭子は納得した様に頷いた。 「……なるほど、それはそうかも。流石真澄さんです」 「と言うことで、今度一緒に、ホストクラブに行くわよ!」 「え? あの、真澄さん? どうしてホストクラブ云々の話に……」  いきなり飛んだ話に、流石に恭子が戸惑いの声を上げたが、真澄は平然と胸を張った。

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