清人を従えながら、講堂から大学の正門へと向かっていた真澄は、バッグから携帯を取り出してどこかへ電話をかけ始めた。 「……ええ、そうよ。正門前で待っているから、宜しくね」 そして愛想良く会話を終わらせて、携帯を元通りしまい込んだところで、一歩下がった所を歩いている清人の表情に気がついて、苦笑する。 「凄い仏頂面ね。清香ちゃんと弟君を二人にして置いて来る事になったのが、そんなに不満なの?」 「……弟なんかじゃありません」 呻く様に否定してきた清人に、真澄は瞬時に笑みを消し、呆れた様に肩を竦めた。 「はいはい、聡君ね。まあ、どのみち清香ちゃんに近付く男は、誰であろうと許せないのよね」 「分かっているなら、一々言わないで下さい」 もはや不機嫌さを隠そうともしない清人に、真澄は小さく溜め息を漏らした。 「でも……、清香ちゃんに本気で嫌われたく無かったら、ほどほどにしておきなさいよ?」 控え目な忠告に、突き刺さる様な視線が返ってくる。 「あいつの味方をする気ですか?」 「最終的に傷付くのは自分だって事、本当は良く分かっているでしょう? 一応、忠告してあげているだけよ」 「余計なお世話です」 あからさまに視線を逸らされながらの返答だったが、想定内の反応だった為、真澄はそれ以上余計な事は言わずに足を進めた。しかしそれほど行かないうちに、今度は清人が沈黙を破る。 「……相変わらずですね」 「何が?」 「上から目線での命令口調が、です」 そう言われて軽く目を見開き、僅かに驚いた表情で清人を見やった真澄は、如何にも不本意そうに言い返した。 「そっちこそ、いい加減慇懃無礼な喋り方は、止めて貰えないかしら?」 「仕方がありません。俺の方が二歳も年下ですし、立場も違う。社会通念上、相応しい口調で話し掛けているつもりですが?」 淡々と正論を繰り出す清人に、真澄は少しの間だけ黙り込んでから、ため息混じりに呟いた。 「……そっちも、相変わらずじゃない」 「何がです?」 眉を顰めて相手を見やった清人に、真澄は先程の清人以上に淡々と感想を述べた。 「初めて会った時は、私は確かにあなたのそれまでの人生の五分の一の時間を長く生きてたけど、今はその割合はかなり少なくなっていると思うんだけど? あなたにしてみれば、それがまだ結構な時間に思われてる様ね。長生きできそうで羨ましいわ」 「皮肉ですか?」 「あら、本心からよ」 「それとこれとは話が別です」 冷たく言い放って話を終わらせようとした清人だったが、真澄は容赦なく話を続けた。 「じゃあ、年上扱いして頂いているみたいだから、年長者としての立場で言わせて貰うけど……。お母様の事、いい加減にしなさいよ?」 「……あなたに、何が分かるって言うんです」 凄んできた清人を、平然とかわす真澄。 「分かる筈、無いでしょう? 私は、あなたの家族でも何でもないんだし。でも清香ちゃんがこの事を知ったら、絶対意見する筈よ」 「黙れ」 「……ふぅん?」 「………………」 常には無い乱暴な口調で言い返した清人に、真澄は興味深そうな表情で見返した。そして清人は無意識の発言に気がつき、気まずそうに黙り込む。その沈黙を破ったのは真澄の方だった。 「なりふり構わないのは勝手だけど、自滅するのだけは止めなさいね。清香ちゃんが泣くわ。それに」 「あなたは……」 「え? 何?」 話の途中で清人が口を挟んできた為、真澄が怪訝な顔で問いかけたが、何故か清人は言いよどんでから、謝罪の言葉を口にした。 「……いえ、何でもありません。話の腰を折ってすみませんでした」 そうして話題を替える様に別な事を言い出す。 「そういえば……、清香に貸したという画集の話ですが、今でも昔みたいに描いているんですか?」 「見るのは好きだけど、さすがにもう描いてはいないわ」 「勿体無いですね」 そこまでさり気なく会話が交わされてから、真澄が僅かに怪訝な顔をした。 「どうして私が、以前絵を描いていた事を知っているの? 中学高校と美術部所属だった話、特にした事は無かったわよね?」 その問いに、清人は平然と答えた。 「浩一が家に遊びに来た時に『姉さんが全国学生美術展で入賞した』と自慢したんですよ。それで香澄さんが凄く喜んで、一家全員で見に行きました」 「浩一、余計な事を」 小さく舌打ちした真澄を見て、幾らか機嫌を良くした清人は、更に当時の秘話を続ける。 「香澄さんが会場で『どうしてこれが入賞なの?大賞や金賞の絵より、こっちの方が遥かに素敵だと思いません?』と誰彼構わず話し掛けて、周りから引かれまくってて宥めるのが大変でしたね。最後は父と、二人がかりで引きずって帰りました」 「香澄叔母様……」 思わず呻いて片手で顔を覆った真澄に、清人はくすりと小さく笑いながら話を続けた。
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