「付き合っても、恋愛向きの性格じゃ無いみたいで、すぐに別れる事になりますし」 「向き不向きじゃなくて、個別の相性の問題じゃ」 「だから、私って、年配の方々がからかって遊ぶ愛人タイプの顔なのかな、と」 「真澄さん!」 「な、何? 清人君」 そこでいきなり乱暴に両手で顔を包み込む様にして持ち上げられた為、真澄は驚いたが、それ以上に真正面に現れた清人の表情を見て、完全に怖じ気づいた。そして、唸る様な清人の声がその場に響く。 「……怒りますよ?」 「もう怒ってるみたいだけど、どうして?」 ビクビクしながらも一応理由を尋ねてみた真澄だったが、二人の様子を眺めていた面々からは、真澄の意見を肯定する声が次々と上がった。 「そうだな。怒ってるな、これは」 「いや~、怖い顔だの~」 「これは自分で言ってる程、女にはモテとらんな」 「激しく同感だ」 「五月蝿いぞクソじじいども! 怒っている半分は、てめぇらに対してだ! 四の五の言わないで引っ込んでろ!!」 「ちょっと清人君! 流石にそれは失礼過ぎるわよ! 謝りなさい!」 大刀洗会長以外の面々も、その頃には経済界の重鎮ばかりなのを思い出していた真澄は、彼らに対する暴言を吐いた清人を窘めようとしたが、清人は真顔で話を続けた。 「真澄さん。そんな弱気な事を言うなんて、真澄さんらしくありませんよ?」 真澄の顔から離した手で真澄の両手を軽く握りながら、優しく言い聞かせるその口調に、真澄は訳もなくカチンときた。 「何? 私らしく無いってどういう事? いつもの私はそんなに傍若無人って言いたいわけ?」 「そんな事は言ってません。真澄さんは十分魅力的ですから、自分にもっと自信を持って良いと言いたいだけです」 「でも……」 そこで思わず反論しかけた真澄を、清人が笑顔で制する。 「真澄さんは魅力的過ぎて、大抵の男は声もかけられないで終わるんです。そして偶に声を掛けて来るのが、変に勘違いしている馬鹿男が多いので、真澄さんが門前払いするのは当然なんですよ」 (そこまで言うなら、どうして私を口説いてくれないのよ?) 平然と告げてくる清人に真澄が密かに腹を立てていると、真澄の心の中を読んだ様に周りから茶々が入った。 「ほう? そこまで言うなら、勿論きよポンは、みぃちゃんを口説いた事が有るんだろうな?」 「……いえ、それはありませんが」 その問いに清人が一瞬たじろいでから正直に述べると、ここぞとばかりに面白がって責め立ててくる。 「何だと? それじゃあ矛盾してるだろうが」 「涼しい顔でサラッと嘘を吐く男だの~」 「お嬢さん、こういう不実な男に関わるものじゃ無いぞ? 悪い事は言わないから、きっぱり縁を切った方が」 「五月蝿い!!」 真澄の手を握ったまま苛立たしげに清人が叫ぶと、周りの者達は取り敢えず黙り込んだものの、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら二人のやり取りを観察する態勢になった。その気配を感じた清人は舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、周囲をなるべく気にしない様にして何とか平常心を取り戻しながら真澄に向き直った。 「真澄さん。確かに俺は真澄さんに言わないでいる事がありますが……、これまでに一度だって真澄さんに嘘や変なお世辞を言った事はありませんし、これからも言うつもりは無いんです」 「清人君……」 真摯な口調で訴えかけられた真澄は、どこか頼りなげな表情で清人を見返した。それを受けて、清人が更に言い募る。 「だから、偶々女性を見る目のない男の一人や二人にふられたからと言って、そんな風に落ち込まないで下さい。ましてや自分が愛人顔かもしれないだなんて、自分を卑下する様な発言は」 「違うの」 「え? 何が違うんですか?」 いきなり話を遮られた清人は当惑しながら尋ねると、真澄がぼそりと付け加えた。 「ふられたのは一人や二人じゃなくて……、今日の彼で七人目なの」 「……う……、……ぎ……ね」 真澄が言い終えた瞬間、清人が口の中で何やら呟いた。それが良く聞こえなかった為、真澄が眉を寄せて尋ねる。 「……今、何て言ったの?」 そう問い掛けられて自分が何か口に出した事が分かった清人は、常には無い狼狽ぶりを示した。 「いえ、その……、明日も晴れると良いな、とか何とか」 「清人君?」 ピクリと顔を引き攣らせて睨んだ真澄に、清人は何とか笑顔を取り繕う。 「あの……、単に、相手が見る目が無い男ばかりで災難でしたね、と」 「ふぅん?」 清人の台詞を聞いた真澄は思わせぶりに返事をしてから、未だに自分の手を握っている清人の手を見下ろした。 「清人君、自分では気が付いてないかもしれないけど、嘘を吐く時、左手の小指がピクッと上がるのよ。知っていた?」 「え? そんな癖は……」 「やっぱり嘘を言ったわね」 「…………」 真澄の陽動にまんまと引っかかり、動揺して自分の左手を見下ろしてしまった清人は、自分自身を殴り倒したい気分になった。そんな清人を、真澄が容赦なく追い詰める。 「そうなんだ……。私に対して『嘘を吐いた事は無いし、これからも有り得ない』とか何とか言った舌の根も乾かないうちに、嘘を言えるのね、清人君って」 「真澄さん、それは誤解」 「じゃあ正直に言いなさい。また適当に誤魔化しても分かるわよ? ……今度また嘘を吐いたら、どうなるか分かっているんでしょうね?」 本気で睨みつけられた清人は、深い溜め息を吐いて降参した。そして先程殆ど無意識に漏らした言葉を、真澄から視線を逸らしながらボソボソと呟く。 「その……、真澄さんの男運が悪過ぎるので、お祓いをした方が良いんじゃないかと……」 「へぇ? そんな事を言ったの」 「……すみません。口が滑りました」 盛大に顔を引き攣らせた真澄の手を離し、申し訳無さそうに清人が軽く頭を下げた。その背後で、老人達が無言で額を押さえたり、溜め息を吐きながら首を振っているのが見えたが、怒りが振り切れていた真澄にはどうでも良かった。 (男運が悪いですって? 一体、誰のせいで私がまともな恋愛が出来なくて、ふられまくってると思ってんのよ!? この諸悪の根元の、女ったらしの大馬鹿野郎が――――っ!!) ※※※ 「……姉さん? どうかした? 大丈夫?」 軽く腕を掴まれつつ呼び掛けられた真澄は、意識を現実に戻して当惑した表情を弟に向けた。 「浩一? 大丈夫って……、何が?」 「何か言いかけたと思ったら、急に難しい顔で黙り込むから、どうしたのかと思ったよ」 (ああ……、そう言えば、清人君の話をしようとしてたんだっけ。でも……) 思い返していた内容を口にする事など、真澄は真っ平ご免だった。 「……今、最っ高にムカつく事を思い出してね。口に出すとお酒が不味くなりそうだから、止めておくわ」 その口調で、姉の本気の怒りモードが分かってしまった浩一は、慌ててその場を取り繕った。 「そ、そうなんだ。じゃあ無理にとは言わないから。皆も構わないよな? 清人の話題はもうこれでお終いって事で」 「了解」 「良いよ」 「じゃあ清香ちゃんの話でもするか」 「そうだよな~、やっぱり男の話をしても盛り上がりに欠けるし」 口々にそんな事を言って清香の話題で盛り上がる風を装いながら、男達は少し離れた所で手酌で酒を飲み始めた真澄の様子を窺いつつ、こそこそと意見を交わした。 「何なんだろうな、あれ?」 「清人さん、一体どんな状況下で、どんな風に真澄姉を怒らせたんだよ」 「俺達と一緒の時は、間違っても怒らせたりしないよな?」 「う~ん、清人さんについて、益々謎が深まったよな~」 結局、佐竹清人という人間は、その場に居ても居なくても、謎が謎を呼ぶ体質の人間らしいと、真澄以外のその場の面々は結論付けたのだった。
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