試写会会場前で待ち合わせた清香と聡が、談笑しながらその中へ入ると、こじんまりとしたロビーの向こう側から、一組の男女が目敏く清香達を見付けて近寄って来た。 「あら、清香ちゃんじゃない。こんな所で奇遇ね」 ビジネススーツ着用でも華やかさが漂う真澄が、偶然を装って声をかけてきた為、聡にしてみれば些かわざとらしかったその台詞に、清香が笑顔で応じる。 「真澄さん! それに浩一さんも、お久しぶりです!」 「ああ、元気そうだね、清香ちゃん」 「二人も試写会に来たんですか?」 「ええ、そうなの。付き合いで招待券を貰ってね」 女同士でその場で和やかに話し始めると、男二人はその背後で微妙な視線を交わし合った。 (確かこの二人、柏木家の……。このタイミングって事は、絶対兄さんが絡んでいるよな?) (やっぱり清人から連絡を貰って、お邪魔虫要員として顔を出した事を分かっているよな、彼。どう考えても、あからさま過ぎるし) 聡が溜め息を吐きたいのを堪え、浩一が神経質そうに眼鏡のブリッジを指で僅かに上に押しやると、この状況を面白がっているとしか思えない真澄が、思い出した様に聡に顔を向けた。 「そういえば……。どこかでお見かけした事があると思ったら、そこに居るのは確か、小笠原物産営業部の角谷さんじゃないかしら? 清香ちゃんの彼氏? なかなか隅に置けないわね」 「い、いえっ、あのっ! か、彼氏とかって言うのは聡さんに失礼でっ!」 くすくすと笑いながらの問い掛けに、聡は(白々しい……。ライバル会社の課長クラスと、顔を合わせた事なんかあるかよ)と心の中で悪態を吐いたが、清香は少々焦った。 (そうか! 聡さんと真澄さんって同業者だから、仕事関係で顔を合わせた可能性が有ったんだ。良かった、まだ本名で小笠原さんって紹介していなくて) そして互いの紹介がまだだった事に気がつき、初対面ではない空気だったものの、一応声をかけてみる事にした。 「えっと、真澄さんが仰る通り、こちらは小笠原物産の角谷さんです。最近ちょっとした事で、お知り合いになりまして。私、角谷さんに今回の招待券を頂いたんです」 「あら、そうだったの。良かったわね」 にこやかに頷いた真澄から視線を移し、清香は聡に向かって説明を続けた。 「角谷さん、こちらは昔から家族ぐるみで親しくお付き合いしている、柏木真澄さんと弟の浩一さんです。二人とも柏木産業に勤めていますから、角谷さんとはどこかでお会いしているかもしれませんね」 「ああ、そうなんですか。清香さんから話は聞いてますし、勿論柏木のご令嬢と御曹司の事は、以前から存じ上げてました。この機会にお見知り置き下さい」 「こちらこそ、小笠原物産のホープと評判の高い角谷さんとお知り合いになれて、光栄です」 「ご冗談を」 思い切り社交辞令を交わす三人に、清香がのんびりと声をかけた。 「会場が開いたみたいですし、後は中で座って話しませんか?」 「あら、そうね」 「何も立ったまま話し込む事もないか」 そう言ってスタスタとホール内に向かって歩き出し、(二人きりになんかさせないわよ?)というオーラを醸し出しつつ、「清香ちゃん、ここら辺にしましょう?」と当然の如く手招きする真澄達に、聡は今度こそ小さな溜め息を吐いた。
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