「勿論。実は五時までには一度社に戻らないといけないから、ここにあまり長居はできないんだ。そういう事だから行くよ?」 「あの、ちょっと待って下さい! 一応朋美に断りを入れないと!」 「大丈夫大丈夫。親友なんだろ? これ位で怒らないから」 「何で聡さんが断言するんですか!」 「彼女とは腐れ縁なんだろ?」 「もっとマシな言い方をして下さい!」 そんな言い合いをしつつ2人は朋美達が立ち話をしている入り口とは反対方向の扉を目指し、朋美が話を終えて再び座っていたテーブルに視線を向けた時には、二人の姿は影も形も見あたらなかった。 「清香をあっさり丸め込んで、まんまと逃走しやがったわね? あいつ……」 忌々しげな口調とは裏腹に、朋美はどこか楽しんでいる様な表情で、清香達が出て行ったと思われる奥の出入り口を見詰めた。そして徐にバッグから携帯を取り出し清人の携帯を呼び出すと、短いコール音の後、冷静な清人の声が伝わってくる。 「もしもし、朋美さん? 何かあったのか? こんな時間に」 「ええ、ちょっと。実は大学に小笠原氏が清香を訪ねてきて、先程まで三人で顔を合わせていたんです」 そう告げた瞬間清人は電話の向こうで一瞬押し黙り、次いではっきりと不機嫌だと分かる口調で問い掛けてきた。 「……あいつは何をしに、そこまで押し掛けたんだ?」 「私に凄まないで下さいよ。一言で言えば、ぐだぐだっぷりを露呈しにですね。あれじゃあ、付き合う以前の問題でしょう。恋人なら自分の格好悪い所なんて、意地でも見せたく無いでしょうし。あ、でも……、却って気を許してるからこそ、洗いざらい話せるのかな?」 「君の見解はどうでもいい。さっさと話の内容を教えろ」 「はいはい。それでですね……」 何気なく口にした推論を完璧に無視されたが、朋美は気を悪くする事無く、薄笑いさえ浮かべながら一部始終を語った。 「……そんなわけで、清香と纏めて説教しちゃいましたよ。あのぐだぐだ男に」 肩を竦めながら朋美が語ると、電話の向こうの清人は更に不機嫌そうに問い掛けた。 「話の内容は分かった。それで? 清香とあいつはまだそこに居るのか?」 「居たらこんな電話できないじゃありませんか。あの男、ちょっと目を離してる隙に、清香を丸め込んで遁走しやがったんですよ。言っておきますけど、これは不可抗力ですからね! それ以降の事は清香が帰ったら、本人に聞いて下さい」 腹立たしく思いながら弁解の言葉を繰り出すと、予想に反して清人は微かに笑う気配と寛大な言葉を返してきた。 「さすがの君も勝手が違って油断したのか? まあ、今回は良い。その代わり、次回は宜しく頼む」 「分かりました」 当初はそこで大人しく通話を終わらせるつもりだった朋美だが、ふと悪戯心が芽生えて、自然に口から言葉が転がり出た。 「それにしても……、清人さんと小笠原さんって、似てる所がありますね」 「どこが。どんな風に」 如何にも不機嫌そうに吐き捨てた清人に、朋美は必死に笑いを堪えながら理由を述べた。 「二人とも頭は良い筈なのに、揃ってお馬鹿さんです」 「なっ……!?」 「頭が良い、イコール賢いとは一概に言えないと、前々から密かに思っていたんですが、それを実証してくれる人間が二人も現れてくれて、とても嬉しいです」 全く悪びれずに告げた朋美に対し、絶句していた清人が小さく唸った。 「俺は君と契約するに当たって、暴言を吐く事まで容認した覚えは無いんだが?」 「『暴言を吐くな』と禁止されてもいませんよね? もう三十過ぎのいい年をした大人が、ガキの台詞に一々目くじら立てないで下さい。それでは失礼します」 そう言ってあっさりと通話を終わらせた朋美の携帯には、わざわざ清人からかけ直してはこなかった。それをバッグにしまい込んだ朋美は、今後のキャンパスライフに一抹の不安と楽しい変化の予感を覚えつつ、校内を後にした。
コメントはまだありません