「……この前は、わざわざチョコを会社まで持って来てくれてありがとう。何か心配していたみたいだったけど、美味しかったよ?」 「心配というか……、これまでなかなかチョコを受け取って貰えなかったから」 「それは偶々、相手が悪かったんじゃ無いのかな?」 「朋美も、そう言ってましたけど」 そのやり取りだけで、ほぼ正確に事情を察知した浩一は、清人に僅かに非難する様な視線を向ける。 「清人?」 「俺に少し脅された位で突っ返す様な男に、清香のチョコを渡してたまるか」 悪びれず平然と言ってのける清人に、他の三人は無言で小さな溜め息を吐いた。 「そう言えば……、聡さん、真澄さんと一緒にチョコを作るって言ったら、それは食べられるのかとか失礼な事言ってましたよね?」 「う……、失言だった。謝るよ」 「本当にそうですよ? ちゃんと美味しい物ができましたし。お兄ちゃんが貰って普通に食べてましたから」 それを耳にした男達は、揃って素っ頓狂な叫びを上げた。 「はあぁぁ? 姉さんがバレンタインのチョコを作った!? 有り得ない!」 「それを清人さん、食べたんですか? 本当に?」 「今度はどんなネタで脅されたんですか?」 それを聞いた清人は、憮然としながら口を開いた。 「疲れが溜まってそうだから甘いのを食べろ、だそうだ。因みに同じ物をあいつの職場に記名入りで送りつけたらしいな。その代わりに、俺があいつへのチョコに細工するのを妨害された」 その声に被せる様に、清香の声が響く。 「……でも、それは同じ物を二つ作ってたの。もう一つはどんな人にあげたのか、気になってしょうがなくて。聞いても教えてくれないし」 「は、はは……、誰に、だろうね……」 (姉さん……、嫌がらせにも程があるから) (大人しくとんでもないチョコを食べさせられた方が、良かったんじゃないのか?) (それにしても、真澄さんが作った物を食べるなんて、清人さんは勇者だな。聡君、相手が悪過ぎる……) 何となく虚ろな声の聡に、その職場で何が起こったかをうっすらと悟った三人は、思わず聡に同情した。そこで清香が話題を変えてくる。 「真澄さんと言えば……、明日の真澄さんのお祖父さんのお誕生日のお祝いの席に、招待されてるんです」 「え? 柏木総一郎さんの? それはどうして」 予想外に戸惑って声を上げた聡に、清香は子細を告げた。 「学祭で真澄さんが競り落としたアレンジを気に入られて、譲ったらしくて。是非一度、これを作ったお嬢さんに会いたいから、という事で」 「……へえ、そうなんだ」 戸惑う口調で何とか相槌を打った聡だったが、寝耳に水だった友之と正彦は、冷静な顔をしている清人と浩一に問い質した。 「ちょっと待て、聞いてないぞそんな話!? 明日のあれだろう? そんな事になってたんですか?」 「それならお祖父さんが、いよいよ覚悟を決めたって事ですか?」 「ああ、お祖父さんが姉さんに泣き付いてね」 「その様だな」 大して感銘を受けた様子も無く箸を動かし続ける清人に、友之は僅かに顔を顰めて見やった。 「良いんですか?」 「真澄さんにも言ったが、俺が反対する理由があるのか?」 「それはそうですが……、あなたは来るんですか?」 慎重に顔色を窺いながら尋ねてきた友之に、清人は顔色を変えないまま淡々と答える。 「それも言ったが、総一郎氏が招待してるのは清香であって、俺じゃないだろう」 「……浩一さん?」 正彦が幾分非難する様な眼差しで浩一を見やったが、浩一は困った様に無言で首を振ったのみだった。そしてその場に何となく気まずい雰囲気が満ちる。 それに触発されたかの様に、機会越しに伝わってくる清香の声も、何となく沈んだ物になっていた。 「お兄ちゃんは笑って行って来いって言ったけど、結構気にしてるんじゃないかと思って」 「どうしてそう思うの?」 「だって、その話があったのが月曜日の夜で、翌朝からパンが続いたんだもの」 「……清人さん、やっぱり気にしてるんですか?」 二人の会話を聞いて疑わしげな視線を向けた正彦に、清人が仏頂面で応じる。 「そんなわけあるか。仕方がないだろう。その話の合間にあいつから清香に電話が来て、今日のデートが決まったんだから」 「結果的に、見当違いな方向で清香ちゃんに心配かける事になりましたね」 「…………うるさい」 鋭く突っ込みを入れた友之に、清人がふてくされた様に呟いた。隣室でそんなやり取りがされているとは思わない清香達の話は、更に続く。 「真澄さんから話があった時、初めて皆が従兄弟同士だって事が分かって驚いたの」 「そ、そう……、それは俺も驚いたな」 「それで、明日の出席者は顔見知りばかりなんだけど、その顔ぶれが揃ってる場で、これまでお兄ちゃんが居ないなんて事は無かったから……」 「ああ、なるほど。心細くは無くなったけど、先生を仲間外れにしたみたいで、嫌なわけだ」 「仲間外れっていうか……、うん、まあ、そういう感じなのかもしれないけど……。何となく釈然としなくて……」 考え考え言っているらしい清香の声を聞いて、正彦が小さく噴き出した。 「はは……、無用の心配だって、今清香ちゃんに言ってあげたいね。今更清人さん抜きで何かしても、全然面白くないからな」 「そうだな。俺達全員、今までのあれこれで血の繋がりなんて関係無しに、清人さんに惚れ込んでるし」 そう言ってニヤリと笑った友之を、清人は如何にも嫌そうに眺めながら毒吐いた。 「……野郎どもに好かれても、嬉しくもなんともないぞ。第一、初対面の時に三人がかりで俺をボコろうとした奴が、何を言ってやがる」 「懐かしいですね。あれは実に感動の対面でした。見事に返り討ちされましたし」 「うん、あの啖呵に惚れたね」 ヘラヘラと笑って言われた内容に、清人は本気で頭を抱えて呻いた。 「香澄さんに頼まれたから手加減したが、二度と顔を見たくないと思うまで、徹底的に叩きのめしておくんだった」 「まあまあ、そう照れるな」 「照れて無い! というか浩一、お前あの時も一人で傍観しやがって。混ざってボコるか止めさせるか、どちらかできなかったのか?」 「ああ、今度はどちらかにする」 「お前な!」 そこで室内には清人の怒声と他の三人との笑い声が満ち、それに釣られた様に清人も顔を緩め、苦笑いの表情を浮かべた。
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