「……奈津美」 「分かったわよ、もう……」 基本的に男に厳しく女に優しい真澄に対しては、自分よりも妻の方が口を聞きやすい筈と判断した修が妻に目線で懇願し、奈津美は肩を竦めてから夫を初めとする男達の疑問を解消するべく、前を歩く真澄に声をかけた。 「真澄さん、ご無沙汰しています。今日は偶然お会いできて嬉しいです」 「ええ、奈津美さん、珍しい所で会うわね。また今度お店に伺うわね」 「お待ちしています。それで……、今日はどうしてこちらに? しかも大金持参で。寄付に行く直前に寄ったなんて、話を作っただけですよね?」 慎重に核心を突いた奈津美に、真澄は笑いを堪える表情になった。 「勿論そうよ。大学祭の事は清香ちゃんから聞いていて、もともと顔を出すつもりだったの。ついでに彼女がオークションに出品する事も知っていたし」 「あら、どうしてですか?」 色々お忙しいでしょうにという思いを、顔に出しながら不思議そうに奈津美が尋ねると、真澄が機嫌良さそうに彼女と並んで歩きながら話を続けた。 「先月の初め位に、相談を受けたのよ。『アレンジのデザインをどうしたら良いか迷ってる』って。単なる左右対称とかにしたく無かったみたいね。『真澄さんはセンスが良いから、何かアイデアを出して貰えませんか?』なんて言われたら、とても邪険にできないじゃない?」 「あら、凄い殺し文句」 思わずふふっと笑った奈津美に、真澄も目許を和ませる。 「本当よね。それで持っている画集から、作品化出来そうなパステル画の幾つかを選んで、こんなのを題材にしてみたらどうかと、写メールで送ったの。それを元に、あれを作ったみたい」 そう言って、一歩後ろを歩いている清人の手元を指差した真澄に、奈津美は感嘆の眼差しを送った。 「確かに一枚の絵みたいな、素敵な作品ですものね。使えそうな絵を選んだ、真澄さんの眼は確かです」 「あら、私の選定眼より、清香ちゃんのデザイン感覚とアレンジ力の方が凄いと思うけど?」 「清香ちゃんは、後で改めて誉めてあげます」 「そうして頂戴」 そこで女二人で笑い合ってから、奈津美は何を思ったか、顔付きを改めて口を開いた。 「でも真澄さん。修さんとも、さっき少し話していたんですけど……」 「なあに? 遠慮しないで言ってみて?」 「どうしてあんな大金を持って、こちらに出向いたんですか?」 「単なる女の勘ね。揉め事が起こる様な予感がしたものだから。勿論普段は、こんな無造作に持ち歩かないわよ?」 「…………」 そこで真澄がチラッと背後を振り返った為、その視線の先の清人と聡は揃って顔を逸らした。それを認めてから、奈津美が更に意見らしき物を口にする。 「今回は確かに、事態の収拾に役立ったかもしれませんが……。余計なお世話かもしれませんし、私達と真澄さんの経済観念は違っているのかもしれませんが、それに百万も出すのはちょっとどうかと思いまして……」 そう言って気まずそうに若干俯いた奈津美だが、それを聞いていた男達は心の中で拍手喝采を送った。 (偉い! 奈津美さん!) (もっと言ってやって!) (そうだよな。それが真っ当な金銭感覚ってものだよな!) 対する真澄は講堂の外に出て来た為歩みを止め、奈津美に向かい合って苦笑いしてみせた。 「そんなに恐縮しないで? 心配してくれたんでしょう? ありがとう。でも費用対効果は十分だから」 「それは……、ここの大学で《柏木》の名前を効果的、好意的にアピールできたからですか?」 先程の夫達のやり取りを思い返し、まだ何となく納得しかねる顔で尋ねた奈津美に対し、真澄がきっぱりと断言する。 「そうね。それだけでも百万以上の価値はあるけど、この場合、原資もしっかり回収可能なの。だからどう転んでも、私が損をする事は無いわ」 「え? どこからどうやって回収するんですか?」 本気で目を丸くした奈津美に向かって、真澄は飄々と言ってのけた。 「簡単よ。家でお祖父様の前で『この清香ちゃんの手作りアレンジメントを、百万で競り落として来たわ』って言えば、『二百万出すから儂に譲ってくれ!』と言って、飛び付いて来るのに決まっているもの。話の持って行き方によっては、下手したら三百万位は出すかもね」 「……はあ、なるほど。良く、分かりました」 盛大に顔を引き攣らせながら奈津美が頷き、男達は真澄の容赦の無さにうんざりすると同時に、毟り取られる事決定の祖父を哀れに思った。 (実の祖父から巻き上げる気満々なのか、この人は……) そこで思わず清人が忌々しげに呟く。 「相変わらず……、勝機と商機を逃さない人ですね」 「誉め言葉として受け取っておくわ」 清人の嫌みも真澄が軽く受け流した所で、出入り口から清香が走り出て来て、一同の元にやって来た。
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