零れた欠片が埋まる時
第1話 二十歳の誕生日②

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 佐竹家の兄妹が和やかに誕生日ディナーを堪能している頃、清香に「親戚の様な赤の他人のおじさん達」と評されていた面々は、それぞれの息子達を連れて、とある場所で一堂に会していた。 「さて……、食事も済んだし、本題に入るか」  そう言ってその場を取り仕切る発言をしたのは、その家の当主である柏木総一郎。既に八十近い年齢にも関わらず意気軒昂であり、大企業である柏木産業を前身の柏木商事から一代で飛躍的に発展させた、往時の面影を全く失ってはいない人物だが、実は清香の亡き母、香澄の実父でもあった。  長方形の広い食堂に相応しい、二十人は席に着けるダイニングテーブルの上座に当たる一辺に一人で陣取り、左右に並ぶ息子と孫息子達を睥睨した途端、食事中も和やかと言い難かった雰囲気が一層重苦しいものとなる。 「お父さん。大体予想はつきますが、息子達まで呼びつけた訳を説明して下さい」  柏木産業の社長職を引き継ぎ、最近では父親以上の手腕を発揮していると財界では評判の長男の雄一郎が深い溜め息を吐きながら促すと、総一郎は重々しく言い出した。 「今日、十月十八日は、清香の二十歳の誕生日だ」 (知っています。プレゼントも贈りましたし)  そんな事を正直に口にしようものなら目の前の人物が拗ねまくる事が分かりきっており、彼の三人の息子は揃って余計な事は口にせず、黙って父親の表情を窺った。 「これまでは清香に幾ら害虫が寄り付こうが、あのクソガキが頑として認めなかっただろうが、二十歳を過ぎたらあの子の自由意志で結婚ができるわけだ」 (いや、清香ちゃんが二十歳過ぎても、あの清人君なら妨害しまくるだろう……) (一体何を言いたいんだ? 祖父さんは)  思わず遠い目をしてしまった息子達と、祖父の言わんとするところが全く理解できなかった孫達に向かって、総一郎から爆弾発言が投下された。 「だから浩一、玲二、正彦、明良、友之。お前達のうち誰でも良いから清香と結婚しろ」 「はぁあ!?」  従兄弟達が揃って間抜けな声を上げる中、その場で1人だけ名前が挙がらなかった倉田修が、恐る恐る手を上げながら声を出した。 「お祖父さん。俺は妻帯者だから、その話は除外ですよね。それならどうしてこの場に呼ばれたんですか?」 「まあ、結婚しているだけなら離婚すれば良いだけの話だが、来春に子供が産まれるなら仕方あるまい。儂はそこまで鬼ではないからな。お前には、他の者達のフォローをしてもらう」  もったいぶって頷いてみせた総一郎に、その場の全員が白い目を向けた。 (子供がいなかったら別れさせるんだ……) (さすがワンマン爺さん) (だから娘に愛想尽かされて逃げられるんだよ) (年を取って丸くなるどころか……)  それぞれが心中で呆れていると、年長者達が嫌そうに口を開いた。 「お父さん。話を戻しますが、何が『だから清香と結婚しろ』なんですか? 清香ちゃんと息子達が結婚する必要性と理由を説明して下さい」 「まあ、『誰』と指名では無く『誰か』と乱暴な事を言うあたり、大体の理由は察せられますが。」  冷静に、婿養子として家を出ている次男の倉田和威と三男の松原義則に促された総一郎は、決定的な勝手極まる一言を放った。 「そんな事は決まっとる! 孫達の誰かと清香が結婚する事で、儂が清香の実の祖父だと紹介して貰うんじゃ!」 (やっぱり……。それより、いい加減にきちんと清香ちゃんに名乗れば良いのに。いや、これに関しては俺達も何も言えないか)  息子達はすっかり諦めた様に項垂れたが、当事者の孫息子達は流石に噛み付いた。 「ちょっ……、何考えてんだ祖父じいさん!」 「気でも違ったか?」 「儂は正気だっ! 何だお前達、清香では不満だとでも言う気かっ!!」  総一郎に纏めて怒鳴りつけられた面々は、ある者は困惑し、ある者は些か呆れつつ言葉を返す。 「いや、確かに清香ちゃんは可愛いし、気立ては良いのは分かってるけど」 「結婚となると色々と話は別ですよ」 「そうだな。妹みたいなものだし」 「それに今まできちんと名乗れていないのは、どこからどうみても祖父さんと親父達の自業自得だろ?」 「当時の話は散々聞いてるぜ?」 「その尻拭いを俺達にさせようってのは、少しムシが良過ぎませんか?」  口々にやんわりと責められた総一郎は、巨大企業を一代で築き上げた『経済界の優駿』と誉れ高い高潔な雰囲気をかなぐり捨て、単なる困った孫バカ老人に変貌した。 「五月蝿い! 口答えするな! 清香の結婚相手には、儂の保有している柏木産業の全株式を譲渡してやる!」 「お父さん!? いきなり何を言い出すんですか!」 「そんな事を言って、もし変な人間の手に渡ったりしたら!」 「全発行株式の何%だと思ってるんですか!?」  瞬時に血相を変えた息子達に、総一郎はあくまでも真顔で宣言する。 「だからそうならない様にお前達、気合い入れて清香を口説くんだ。儂が可愛いたった一人の孫娘と、感動の再会ができるかどうかはお前達の働きにかかっとるんじゃ。分かったな!!」 「…………」  そのままふんぞり返った祖父を前に、指名を受けた五人の孫達は何とも言い難い顔を見合わせて黙り込んだが、ここでドアを開ける音と共に冷え切った声が割り込んだ。

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