零れた欠片が埋まる時
第27話 秘められた誓い①

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 新年に入って最初の土曜日。都内某有名ホテルの大宴会場で、経済団体主催の新年会が、華々しく開催されていた。  一流どころの企業の経営者、創業者一族の錚々たる顔ぶれが、あちこちで輪を作りながら親しげに語り合い、もしくは牽制し合う中、柏木雄一郎は時期を見計らい、目指す相手に向かって悠々と近付いて行った。 「やあ、小笠原さん、こちらにおられましたか。新年明けまして、おめでとうございます」  にこやかに声をかけられ、勝と彼を囲んで話をしていた何人かは、意表を衝かれて黙り込んだ。しかしそれも一瞬で、すぐに勝が何事も無かったかの様に、笑顔で挨拶を返す。 「これは柏木さん、おめでとうございます」 「昨年は、お互いに色々と気忙かったと思いますが、今年は心穏やかに過ごしたいものですな」 「全く同感です」  如何にもわざとらしく笑い合っていると、側で二人の様子を窺っていた総白髪の老人が、興味深そうに口を挟んできた。 「ほぅ……、柏木さんは小笠原さんと、懇意でいらしたんですかな? 何やら最近、仕事を取った取られたのと、穏やかで無い話がチラホラ漏れ聞こえておりましたが」 「それは……」 「滅相もありません、永島会長。ああ、勿論同業者の関係ではあるので、互いに競い合うのは当然ですが、仕事を離れた上では、親しく交歓したいと思っております」  勝の台詞を遮り、笑顔で雄一郎が断言すると、永島は満足そうに頷いた。 「なるほど……。それでは巷で囁かれている様に、柏木と小笠原で全面戦争が勃発直前などと言う事態は、単なる懸念と言う訳ですな?」 「勿論ですとも。小笠原さんも、それには同意して下さいますね?」  あくまでもにこやかに促してくる雄一郎に、勝は舌打ちを堪えながら、笑顔で話を合わせる。 「そうですね。どこぞの馬鹿な人間が、勝手な憶測を流しているだけでしょう。今年も宜しくお願いします、柏木さん」 「こちらこそ。……それで早速ですが、小笠原さんにお渡ししたい物が有りましてな」 「おや、何でしょうか?」  勝が怪訝な顔をすると、雄一郎は壁際に視線を向けて軽く手招きした。すると万事心得ている彼の秘書が歩み寄り、無言で手に提げていた紙袋を、恭しく雄一郎に手渡す。すると雄一郎は、勝に向かってそれを差し出した。 「どうぞお持ち下さい。ご子息の見合い写真です」 「はあ?」  周囲の者達と同様、思わず勝も間抜けな声を上げてしまったが、それに一向に構う事無く、雄一郎は笑顔で続けた。 「実は、私とごく親しくしているある人物が、お宅のご子息を大層気に入ってしまったみたいでして。『是正彼に、良縁を世話して欲しい』と頼まれたんです」 「ほう……、親しい人物、ですか。その方とは、どういったご関係で?」  相手の言わんとする事が、分かり過ぎる程分かってしまった勝は皮肉っぽく顔を歪めたが、雄一郎は平然としらを切った。 「まあ、それは置いておいて。弟達や妻の実家にも声をかけて、腕によりをかけて素晴らしいお嬢さんばかりを厳選してみましたよ? 来生精巧社長のお嬢さん、畠山経団連会長の姪ごさん、信楽銀行頭取のお孫さん、白羽田大臣のお譲さん、その他、選り取り見取りです」  その顔ぶれを聞いた周囲の面々は、驚きと羨望が入り混じった眼差しで、紙袋の中の風呂敷包みを凝視した。 「流石柏木さん。豪華絢爛な顔ぶれですな」 「人脈の広さが並みじゃ無い」 「いやいや、巷で噂されている事など、この一事で十分否定できますよ」 「本当に。これだけ骨を折って頂ける間柄だとは、全く想像できませんでしたよ、小笠原さん」 「はあ……」  勝は何とか顔をひくつかせない様、懸命に堪えたが、この場で最年長でもある永島が、心底嬉しそうな笑顔で彼にとどめを刺した。 「これは春から縁起が良いな。希に見る良縁ばかりじゃないか。小笠原君、ありがたく柏木君の好意を受けたまえ」 「はい……。息子にまでお心遣いを頂き恐縮です、柏木さん」 「いやこれ位、大した事ではありません」  雄一郎の純粋な好意からきている行為と信じて疑わない永島に、勝は反論を封じられた。由紀子と結婚して社長職を譲られて以来、こういう社交場で全く後見の無い勝を、何くれとなく気にかけてくれ、庇ってくれた恩人の目の前で、変に事を荒立てたくはなかった為である。 「そう言えば、君の息子には暫く会っていないな。聡君、だったか?」  勝に対するその問いかけを、横から雄一郎が奪う形で答える。 「そうです、永島会長。今年二十五歳の東成大経済学部出身の秀才で、体格も立派で容姿もなかなかの好青年です」 「おや、柏木君は彼の人となりを知っているのか?」 「そうでなければ、縁談など持ち込みませんよ」 「それもそうだな」  そこで一同が揃って楽しげに笑い合う中、半ば強引に紙袋を押し付けられた格好になった勝だけは、必死に怒りを押し隠していた。

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