零れた欠片が埋まる時
番外編 佐竹清人に関する考察~倉田明良の場合②

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(うわぁ……、現役彼女の前で、身も蓋も無い事を言っちゃったよ、この人。しかも平然としてるし。本当に鬼畜だよな)  そして恐る恐る彼女の方に顔を向けると、案の定、彼女は顔を怒りで赤くした上、全身を怒りで震わせながら清人に向けて右手を振り上げた。 「……っ! 人を馬鹿にするのも、いい加減にしなさいよっ! …………きゃあっ!!」  清人に平手打ちをお見舞いしようとした女性は、清人が微塵も慌てず、流れる様な動作で一歩後ろに下がった為、空振りした挙げ句勢い余って砂浜に無様に倒れ込んだ。それを目の当たりにして、明良は思わず片手で顔を覆う。 (うわ、最悪だし最低だ、清人さん)  しかし当の本人は、不思議そうに倒れた女性に片手を伸ばす。 「一人で何をやってるんだ? 大丈夫か?」  その手を叩いて砂まみれで立ち上がった彼女は、憤然としながら絶叫した。 「冗談じゃ無いわ! あんたの様な女ったらしの最低男、こっちから願い下げよ! さよならっ!」 「おい、駅まで送って行くぞ?」 「結構よ!!」  鼻息荒く女性が立ち去って行くのを男二人はおとなしく見送ってから、どちらからともなく顔を見合わせた。 「……本当に行っちゃいましたね。良いんですか?」 「まあ……、そろそろ別れようと思っていたし、別れを切り出す手間が省けた」 「そうですか……。それでは俺も失礼します」  すっかり馬鹿らしくなってさっさと帰ろうとした明良だったが、清人が鋭く呼び止めた。 「ちょっと待て」 「何ですか?」 「さっきも言った様に彼女と円満に別れて、その後も友人付き合いをするのが俺のモットーなのに、初めて喧嘩別れしたんだ。お前のせいだぞ? どうしてくれる」 「俺のせいですか!?」  言い掛かりとしか思えない主張に、明良が仰天して声を上げたが、清人はしれっと言い返した。 「当たり前だろう。お前が余計な事を口にして、からかってきたからだろうが」 「俺は知らん振りをしようとしたのに、声をかけて来たのは清人さんの方じゃないですか!」  それは明良の精一杯の抗議だったが、ここで冷え冷えとした清人の声が響く。 「明良……、お前、今、何か言ったか?」 「いえ、何でもありません」  完全に抵抗を諦めて項垂れた明良に、腕を組んだ清人が早速要求を繰り出した。 「じゃあ詫びの印に、新しい女を紹介して貰おうか」 「はぁ……」 「条件としては、そうだな……、弁護士、三十歳代、バツイチで子持ちであれば尚良いな。言っておくが、勿論美人だぞ?」 「あのですね……」  疲労感を漂わせつつ明良が呻いたが、清人は平然と話を続けた。 「条件に該当する女性を見つけて、一週間以内に連絡を寄越せ。それじゃあな」  言うだけ言って立ち去ろうとした清人だったが、先程とは逆に、今度は明良が清人を呼び止めた。 「待って下さい」 「何だ?」  不思議そうに足を止めて振り返った清人に、明良が溜め息を吐いてか短く告げる。 「条件に合致する女性を知っていますので、今紹介します」  それを聞いた清人は、不敵に笑ってみせた。 「……ほう? 流石だな、明良」  ※※※ 「……と言うわけで、仕事上の先輩の奥さんの、友人の女性弁護士を紹介したんです。年上のバツイチ女性だったので、俺は口説きはしなかったんですが、美人だったので先輩の家でお会いした時に、名刺を貰っていたので」  肩を竦めつつ経過を話し終えた明良に、周囲の者達は揃って生温かい視線を向けた。 「突っ込み所が、色々ありすぎだ……」 「お前の判断基準って、美女かどうかかよ……」 「清人さんもな……」 「で? 清人さん、今はその女性と付き合っているのか?」  興味津々で尋ねてきた修に、明良は小さく首を振った。 「いや……、去年清人さんの仲介で、同業者の弁護士と、共にバツイチ子持ち同士で再婚したって聞いた。『美雪が再婚できたのは佐竹さんのお陰だわ。義理の従兄なんですってね。倉田さんからもお礼を言っておいてくれる?』と件の先輩の奥さんに会った時、笑顔で言われたから」  それを聞いて、他の者達は微妙な表情と感想を漏らす。 「へぇ……、それはそれは……」 「あらゆる意味でマメだよな、清人さん」 「ああ、別れた後のアフターケアも完璧だ」 「出来るなら……、俺にもせめて、その半分位の配慮が欲しかった」  そこで急に暗い表情で呻いた浩一に、その場の皆は怪訝な表情を見せた。 「浩一さん?」 「清人さんは浩一さんと仲が良いですし、いつも気配りしてる様に見えますが……」 「ああ、昔から色々庇ってくれるし、大抵は面倒ごとを引き受けてくれるし、時々発破もかけてくれるんだが…………。偶にもの凄く傍若無人で、手段を選ばなくて、酷いとばっちりを受ける羽目に……」  そのままブツブツと独り言を呟きながら、自分の世界に入ってしまった浩一を眺めた周りの男達は、密かに頭を抱えた。 (うわ……、一体何をやったんだよ、清人さん) (怖くて、内容を聞けないんだが……) (本当に、良く親友をやってるよな)  そんな事を考えながら目と目を見交わしていると、真澄が席を移動して浩一の所までやって来て、その肩を軽く叩きながら声を掛けた。 「浩一、何自分一人の世界に入っているの。周りが心配するからほどほどにしておきなさい?」  その声に、我に返った浩一が、若干照れくさそうな顔を向ける。 「……姉さんごめん。ちょっと昔の事を思い出して」 「因みにどんな事?」 「え?」  鋭く突っ込んできた真澄に、浩一は顔を引き攣らせた。しかし真澄は構わず質問を続ける。 「そんなトラウマになっている様な事なんて……。何があったわけ?」 「……いや、大した事では。それにトラウマだなんて大袈裟な」 「浩一の様子が変だって言って、彼を締め上げようかしら?」  無意識に目つきを鋭くしながら真澄が呟くと、浩一が諦めた様に溜め息を吐いた。 「……分かった。さっき口にした内容を話すよ。清人から変な誤魔化し方をされたら、益々変な誤解をされそうだし」 「最初から素直にそう言いなさい」  その真澄の容赦ない口振りに、浩一は思わず再度溜め息を吐いてから、清人によって引き起こされた、過去の苦い経験を語り出した。

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