昼食もそろそろ食べ終わろうかという頃、学食で隣の席に座っていた清香から「朋美、ちょっと聞いて欲しいんだけど」と話しかけられた内容を、朋美は最初、聞き流していた。しかし話が進むにつれて真顔で清香を見返し、一通り話が終わったのとほぼ同時に、持っていたスプーンをドライカレーの皿に置いて、小さく呻く。 「それで、付き合う事になった?」 「うん、なんだかそんな事に」 そしてどことなく居心地悪そうにしている清香を眺めた朋美は、頭痛と眩暈を覚えた。 (これまでのやり取りで、付き合ってるいる認識が無かったのも凄いけど、半ば脅迫しながら、なし崩し的に告白ってどうなのよ?) 朋美は気を落ち着かせようとコップを取り上げ、その中に半分ほど残っていた水を勢い良く飲み干した。そして再び横に向き直り、慎重に清香に問いかける。 「因みに今の話、清人さんには」 「してるわけないわよ! 恥ずかしいじゃない! というか、今までも告白された時、一々報告なんてしてないからね!?」 「……だよねえ」 途端に顔を赤くして訴えてくる清香に、朋美は(全く、厄介事を増やしてくれるわ)と深い溜息を吐いた。そしてこの場合、やはり自分が詳細を清人に通報するべきなのか、しかし告げた時の彼の怒り具合を考えると、あまり連絡はしたくないなと眉間に皺を寄せて考え込んでいると、清香が真剣な顔で問いかけてくる。 「それでね? どうしたら良いかと思って」 「どうしたらって、何を?」 全く文脈と発言の意図が分からなかった朋美が問い返すと、清香は微妙に彼女から視線を外しながら、恥ずかしそうに小声で呟いた。 「聡さんと付き合うって、どうすれば良いのかなって……」 「……は?」 (そこから? そりゃあ確かに、あのシスコン兄貴と私のせいですぐに別れてるから、清香の恋愛経験値は限りなくゼロに近いけど!?) あまりと言えばあまりの事態に、朋美は絶句したが、自分の立場では間違っても恋愛指南などできる筈も無いと分かっていた為、わざと冷たく突き放してみた。 「好きなら暫くくっついてるし、嫌いなら別れれば良いだけの話よ。何? もう愛想を尽かしたの?」 「違うから! そんな愛想を尽かすなんて!」 「じゃあ本当のところ、清香は聡さんの事を、どう思っているのよ」 盛大に反論してきた清香に、冷静に突っ込んでみた朋美だったが、そこで清香はボソボソと、しかし顔をうっすらとピンク色に染めながら、延々と聡についての見解を話し始めた。 「そっ、それは……、時々何を考えてるか分からない事があるけど、気配りのできる優しい人だと思うわよ? 笑った顔も素敵だけど、真剣な顔も格好良いし。それで……」 そこで、本人は意識していないものの、立派な惚気話を延々と聞かされる羽目になった朋美は、益々精神的疲労感が増大した。 (本人は絶対自覚していない筈だけど、清香からこんな惚気話もどきを聞く日がくるなんて、何か感慨深い……。だけど、迂闊な事は言えないし。かといってあの清人さんと、真っ向勝負ができる聡さんは貴重な人材で、この先清香の前に同レベルの男がまた現れる保証はないし。どうしよう……) ひとしきりそんな事を悶々と悩んでから、朋美は顔付きを改めて、清香の話を止めさせた。 「……清香、分かった。もう良いわ」 「そう?」 「それでね、清香」 「何?」 きょとんと問い返した清香の肩を、そこでいきなり朋美が両手でガシッと掴み、真剣な顔で一言口にした。 「ごめん」 「え? 何が?」 今度は清香が話の流れが全く分からず問い返したが、朋美は語気強く言い切った。 「理由は卒業するまでは言えないけど、取り敢えず先に謝らせておいて!」 その勢いに押され、何が何だか分からないまま、とにかく清香が頷く。 「何だか良く分からないけど……、取り敢えず分かったから落ち着こうね」 「卒業したら何でも相談に乗るから! 遠慮なんかしなくて良いからね! お金に関わる事以外だったら、何でも頼って!?」 「その時はお願いします」 気迫に満ちたその訴えに、何事かという周囲からの視線を意識しつつ、清香が殊勝に答えた。それに安堵した様に、朋美が顔を綻ばせる。 「任せて! 私、次は向こうの特別棟の教室だから、先に行くね!」 「うん、じゃあまた後でね」 そうして朋美は慌ただしく立ち上がり、トレイを抱えて食器の返却場所まで走り、そのまま手を振って学食を出て行った。それを呆然と見送った清香は、食べかけだった親子丼の残りに再び箸を伸ばしながら、首を捻った。 「何だか、朋美まで変だわ。今年は変な星回りなのかな? お兄ちゃんと聡さんも揃って変だし」 そして清香の目につかない場所まで行ってから、朋美は何かを堪える様な表情で携帯を取り出し、幾分躊躇しながらも目的の番号を選択して電話をかけ始めた。 「もしもし、緒方ですけど……」 (ごめんね清香! 親友の情報を切り売りする私を許して!) 当然、その電話の相手は清人だった。
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