零れた欠片が埋まる時
番外編 佐竹清人に関する考察~柏木浩一の場合②

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 そして無事食べ終えた二人は後片付けを済ませ、午後最初の講義が予定されている教室へと足を向けた。  教室後方の出入り口から入り、机の間の階段を降りて中央の教壇に向かいつつ、清人が満足そうに浩一に囁く。 「……ああ、やっぱり良い感じに集まってるな。高瀬教授はちゃんと講義に出席しないと、単位をやらないって評判だし。これなら一回で済みそうだ」 「だから一回って、何がだ?」  しかし二人並んで歩いているのを目ざとく見つけた女性達から次々声がかけられ、忽ち静かに話をするような環境では無くなった。 「あ、柏木君、佐竹君!」 「こっち空いてるわよ?」 「あら、こっちの方が余裕が有るわよ!」  その途端、横に居る浩一にだけ聞こえる程度の舌打ちをした清人が、愛想を振り撒きつつ穏やかに断りを入れた。 「ありがとう、でも今日は良いから」 「今度ね」  浩一も調子を合わせて軽く手を振りつつ清人の後に続き、どこまで行くのかと思っていたが、何故か清人は最前列の机の横を通り過ぎ、教壇に上がってしまった。  怪訝に思いながらも浩一が続いて教壇に上がると、清人は自分の荷物を講義用の机の上にドサッと乱暴に置き、教室全体を見回しながら背後のスライド式の黒板を力一杯殴りつけて怒鳴った。 「おい、お前ら! 目ぇ見開いて、良~く見とけよ!?」  午後の講義開始間近の時間で、教室に集まっていた同級生達は驚いて清人に視線を向けたが、目の前の浩一も同様で、慌てて清人に詰め寄った。 「…………清人? お前一体何を……って!? ……っ!」  すると清人はいきなり浩一の胸元を掴んで自分の方に体を引き寄せ、両手を浩一の背中と後頭部に回して力強く固定した挙げ句、有無を言わせずキスしてきた。 (衆人環視の前で、いきなり何するんだ、お前はっ!?)  思わず荷物を取り落とし、浩一は清人を引き剥がそうとしたが、清人はなかなか顔を離さず、微かに教室のあちこちから主に女性の悲鳴とどよめきが伝わってくる。それでも何とか臑を蹴りつけて清人が怯んだ隙に体を引き剥がした浩一だったが、抗議の言葉を口にする事もできず、ただ絶句するのみだった。  そんな浩一をよそに、清人は小さく不敵に笑ってから、再び学生達に向かって机を拳で殴りながら威嚇する。 「いいか!? 頭の足りない奴の為に、ここではっきり言っておくが、浩一は俺の男だ! それでもちょっかい出す気なら、俺にボコられる覚悟で来やがれ!! 勿論、その時は男だろうが女だろうが容赦しねぇからな!」 「……………」  そう叫んだ瞬間、教官が出入りする教壇横の出入り口から、バサバサッと何かが落ちる物音が聞こえた。無意識に清人と浩一が目を向けると、謹厳実直で知られたこれからの講義担当教官である高瀬教授が、固まって持参した資料その他を取り落とした物音だと分かる。それを認めた清人は、教授に小さく頭を下げ、愛想良く笑いかけた。 「ああ、高瀬教授、お騒がせしました。今退きますので、どうぞ講義を始めて下さい」  そうして机から荷物を取り上げ、教壇を降りようとした清人だったが、浩一が微動だにしないのを見て、怪訝な顔で声をかけた。 「ほら、浩一、何ボケッと突っ立ってんだ。さっさと座るぞ。講義の邪魔だ」  あまりの出来事に、茫然自失状態で教壇に立ち尽くしていた浩一に清人がそう促すと、浩一が何やらぼそりと呟く。 「……ふっ」 「ふ? 何が言いたいんだ? 浩一」  不思議そうに清人が、浩一の顔を覗き込む様にしながら声をかけたが、次の瞬間浩一が清人の胸元を掴み上げ、見事な右ストレートを繰り出した。 「ふざけんな! この大馬鹿野郎がぁぁぁっ!!」  その絶叫と共に浩一の拳は清人の顔に命中し、派手に倒れた清人は勢い余って教壇から転がり落ちた。その時の浩一の鬼の形相に、教室内は再び静まり返ったのだった。

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